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作品名:えびす様と少年(第1回)
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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【第1部    優しい福の神】

 ヒュー。境内を木枯しが舞い、葉っぱを散らしています。ここは、町外れにある古い神社。
普段は人通りが少なく、参拝客もまばらです。この神社の周りには、大きな木が繁っており、境内の中はとても静かです。

 ある日の事です。おじいさんと男の子がこの神社に向かって歩いていました。
おじいさんは、ふうふう息を切らしながら、男の子の後を歩いていきます。
少し歩くと男の子の前に大きな鳥居が見えてきました。

「おじいちゃん、この神社の鳥居、大きいね」
「そうだな、立派な神様が祭られているんだろうね」

二人は鳥居をくぐると、境内に入っていきました。

「ねえ、おじいちゃん、ここの神様は何ていう神様なの?」
「うーん、エビスさんとおイナリさんだな。他にもあるみたいだな」
「僕ね、エビス様にお願いするの」
「そうか、それはいいが、何を願うんだい」

神殿の前では数人の参拝者が列をつくっていました。
境内の端の方では幟を立てている人や提灯を吊っている人達がいます。

「おや、今日はたくさん人がいるね、めずらしいな、何かあるのかな」
「おじいちゃん、提灯や幟がたくさんあるよ」
「どうやら、祭りの準備の様だな。それで今日は、人が多いのかも知れないね」

二人は、エビス様の前に立つと鈴を鳴らしました。そして手をたたくと、男の子は目を閉じて、おがんでいます。
それから、すぐ隣りにある神殿に向かいました。男の子は神殿をしばらく眺めていましたが、おじいさんに

「ねえ、おじいちゃん。ここの神様が、おイナリさんなの?」
「うーん。いや、ここはベンザイテン様じゃないかな」
「ふーん、ベンザイテンさんか。ベンザイテンさんは何の神様なの?」
「ベンザイテン様はな、おしゃべりが好きな神様でな、あと、習い事の神様でもあるんだよ」
「エビスさんとおイナリさんは?」
「エビスさんは、海の安全を守ってくれる神様なんじゃが、商売の神様でもあるんだ。
 おイナリ様は、稲などの穀物を豊かに実らせて下さる神様だと言われていての、キツネの姿をしているそうじゃよ。
 エビス様、おイナリ様、ベンザイテン様どれも立派な神様で、福を招いてくださると言われているよ」

「ふく…て着るものの服?ズボンとか?」
「ハハハ、福とは幸せの事だよ。この神様がいると一杯良いことが起きて、
 幸せになったり楽しくなったりするんじゃよ」

「そっか、じゃあベンザイテン様にもお願いしてこよう」

二人は、全部の神殿を回ると、境内のベンチに腰かけました。
男の子は黙って神殿の方を見ていましたが、おじいさんに

「おじいちゃん、神様って本当にいると思う?」
「うーん、おじいちゃんも会った事はないから、よく分からないが、多分いるんじゃないかの。
 ところで神様には何をお願いしたんだい?」

「サッカー選手になりたいって、お願いしたんだ」
「そうか、神様は何か言ってたかい?」
「望みを叶えてやる!て言ってたみたい」
「ははは。そうか、ここの神様はきっと叶えてくれるさ。何しろ、幸せを招く神様だからね」

祭りの準備が終わったのか、幟を立てていた人達が帰って行きます。
いつの間にやら境内は二人だけになっていました。

「さて、遅くなるし、そろそろ帰ろうか」
「うん、明日、サッカーの試合もあるしね」

二人はベンチから腰を上げ鳥居を潜ると境内から出て行きました。
神社の中は、誰もいなくなり、静寂が辺りをつつんでいます。
その時、大きな風が吹き、その風にのっておじいさんが姿を現しました。
おじいさんは手に竿を持ちニコニコと笑っています。

「おほほ…。子供は元気じゃのう。あの子なら、さっきの望み叶うかも知れんのう」

風に乗って現れたのは、この神社の神様、エビス様でした。


【第2部 えびすの 散歩】

「最近は、願い事が増えた。この町は、何かあるのかも知れんのう」

そう言いながら、境内にある階段に腰をかけました。そこへ又風が舞うと、今度は女の神様が現れました。

「ねえ、エビスちゃん。最近お願い事多くなってきていると思わない?」
「おーベンザイテン。明日はお主が主役の祭りじゃろ。いいのか、こんな所で油を売っていても?」

「油を売るつもりはないけど、なにか気になるのよ。この頃お願い事が増えてきているから」
「お主は人が好きじゃからの。ベンザイテン、外へ出かけて様子を見てきたらどうじゃ?」
「私?行きたいけど、今夜と明日は、私が主役の祭りだから出て行っちゃうのはまずいの。
 神様がいない祭りなんて…」

「おお、そうじゃったの。確かに最近は深刻な願い事も多いし、
 この町に怪しげな気配もただよって居る様だし…。まあ、長いこと出て行ってないから、わしが見て来ようかの」

「さすがエビスちゃん。明日お祭りだし、どんなお願い事が来るか分からないから、色んな人の心の中、覗いてきてみて」
「まあ、いいじゃろ。久しぶりだしの」

エビスは腰を上げると境内を見渡しました。

「そういえば、イナリが先ほどから見えないが何処へ行ったんじゃろ」
「イナリちゃんは、私が願い事が増えて気になるって話したら、
 実は自分も気になっていたんじゃ…と言って出かけていっちゃった」

「何?出かけただと、町中の様子を見に行ったのか?あやつはキツネの姿じゃろ。
 人間の姿に化けて出て行ったのかのう」

「ソレがねエビスちゃん。透明な神体のままで出かけるって言って出ていっちゃった」
「そうか、まあ直ぐに戻ってくるじゃろ。さてとワシも世の中を見てくるとするか」
「帰ってきたら外のお話聞かせてね」

エビスはベンザイテンに笹を渡すと、人間のおじいさんの姿になりました。
そして、大きな鳥居の方へと歩き出しました。

「さて、今の世の中はどうなっとるのかの?」

ニコニコしながら、境内の外へと出て行きました。

「さてと…世の中の様子を見てくると言っても、境内から出るのは久しぶりだし、どこへ行くとするかの」

エビスは当てもなく歩き始めました。少し歩くと車の通る道路に出ました。小さな酒屋が見えます。

「随分と、世の中が変わったの。道も電柱も今では石ばかりじゃ。車の数も随分と多くなったし、道も広ろうなった」

ふと、エビスの目を引くものがありました。

「なんじゃ、これは随分と大きな箱じゃ。ふむ、中には何か入っている様じゃの。お金の表示もあるし…」

エビスは自動販売機の前でうなっています。

「おや、これはなんじゃ? そうか、ここにお金を入れるんじゃな。おほほ、よく考えるの。
 何々、当たり付きと書いてあるな。お金を入れると何か出てくる様じゃの」

エビスはニコニコしながら見ていましたが、やがて少し寂しそうにため息をつきました。

「世の中がこんなに豊かになり、便利になったというのに、どうして願い事が増えたんじゃろ」

エビスは下を向きながら又、ゆっくりと歩き始めました。
歩道を渡り、小さな住宅街を通り過ぎたとき、道路の脇にある住宅地図に目が止まりました。

「おや、この時代は町のいたる所に地図がある様じゃの。面白いのう。
 わしが来た神社は、ここじゃな。迷子にならんように気をつけんとな」

エビスはしばらくうなりながら地図を見ていましたが、近くに公園がある事に気が付きました。

「そうじゃ、子供の心は社会をうつす鏡じゃ。今の世の中を見通すには子供を見るのがよかろう」


【第3部 えびすと 女の子】
エビスは笑いながら、公園に向かって歩き出しました。
大きな家や道路標識の多さに驚きながら歩いていると、子供達の元気な声が聞こえてきます。

「ふふふ、どうやら公園に着いた様じゃの。どれ、中を覗いてみるか」

そういうと、公園の中に足を踏み入れました。ジャングルジムで遊ぶ男の子や、砂場で団子を作っている女の子。
お母さんが見守る中、一生懸命、逆上がりの練習をする男の子もいます。公園の時計は午後4時をさしていました。

「ふむ、この時間は、子供達も学校が終わった様じゃの。いつの時代も子供は元気じゃ」

公園の中を歩いていると、ベンチが目に止まりました。エビスはベンチに腰をかけて、
子供たちの様子を見る事にしました。砂場で遊ぶ女の子が一生懸命団子を作っています。

『この子、団子作りに熱中しておるの。ちょっと見てみるかの』

エビスは精神を集中すると、相手の心の中が読めるのです。
心を集中すると、女の子の心の中の様子が浮かんできました。

『いつかケーキ屋さんになりたいな』

「どうやらこの子は、甘いものが好きな様じゃの。人々に喜んでもらう事は、いい事じゃ。
 子供は夢を沢山もったほうがええ」

次にジャングルジムで遊ぶ男の子が目に入りました。一番上に登り、腰をかけて休んでいます。

「この子も元気じゃの。ちょっと覗いて見るかの」

『ふう、やっと登ったぞ。頑張って背が高くなるんだ』

どうやら、この子は背が低い事を気にしている様です。

「フォフォフォ、運動することは良いことじゃ。子供は元気に過ごすのが一番じゃからの」

ニコニコしながら立ち上がろうとした時です。ブランコに腰かけている女の子が目につきました。
まるで、しおれた花のようにうつむいています。

『おや、この子は心が不安定じゃの』

気になってエビスはゆっくりと立ち上がりました。
そして何事も無いかの様にその女の子のいるブランコの脇にあるベンチへと、移動しました。

『何かあった様じゃの』

その女の子は、うつむいたまま石の様に動きません。何か考え込んでいるようです。
エビスは早速、心の中を覗く様に神経を集中しました。すると、どうもモヤがかかっているようです。

『寂しい』

という声が聞こえてきます。この女の子は悩みが複雑なのか、モヤモヤとしています。

『この子の悩みは、随分と奥が深いのう』

その時、エビスは背中にヒヤリとしたものを感じました。
公園の外からの視線と、不気味な気配を感じたのです。

『む…。何か、悪いものの気配がするな。一体だれだろう』

エビスが気配を感じる先に目をやると、フェンスの向こうから、こちらをじっと眺めている男の子に目が止まりました。
男の子は、フェンスに手をかけこちらの様子をだまって見ています。

『おや、子供か?しかし、スゴイ妖気じゃの。一体、何があったんじゃろ』

目の前にいる女の子といい、向こうから眺めている男の子といい

「まったく、いつの世も寂しいことばかりじゃ」

そう、つぶやいて目を足元に向けました。どれぐらい時が流れたのでしょうか?
エビスは、いつの間にか大きなため息をついていました。その時です。
ブランコに座っていた女の子が、ゆっくりと顔を上げ、こっちを見ました。

「おじいちゃん、どうしたの?」

エビスは顔を上げました。女の子がゆっくりとブランコから腰を上げ、
2、3歩、歩いたかと思うと、よろけてしまいました。

「お譲ちゃんどうしたんだい?」

エビスは驚いて女の子に近づきました。そして、頭に手を当てると熱いのです。

『これはいけない。熱がある』

「お譲ちゃん、熱があるみたいだ。家に帰って早く休みなさい」

女の子は黙っています。

「どうしたんじゃ? もう夕方だし帰らんのかい?」

女の子は動きません。そして、ゆっくりと口を開きました。

「私、家に帰りたくない」

エビスは驚きました。女の子の背中をさすりながら話を続けます。

「帰りたくない?お父さんやお母さんが待っているじゃろ?」

女の子は黙っています。やがてゆっくりと答えました。

「お父さん、去年、死んじゃったの…事故で」

女の子の表情は寂しげでした。エビスは

『随分気の毒な事を聞いたな』

と思いました。

「少し休もうか」

エビスと女の子は、近くのベンチにならんで、腰をかけました。
そして、エビスは女の子の頭に軽く手を当てました。体が休まるようにと、目に見えない温かい力を送ります。
それから、優しく背中をさすりました。

「どうじゃ?頭がすっきりしてきたじゃろ?」

女の子は黙っています。どの位時間が経ったのでしょうか?
女の子は気が付くと、熱が下がっていました。

「どうじゃ、体が楽になったかい?」

エビスはニコニコして聞きました。女の子はエビスを不思議そうに見ていましたが

「おじいちゃんって、まるで神様みたい」

そう言って、エビスを見つめています。エビスは笑いながら

「ははは、神様か。お譲ちゃんは神様っていると思うかい?」

女の子は下を向いて言いました。

「もし、おじいちゃんが神様なら、お父さんを帰して欲しいな」
「お父さんに会いたいのかい?」
「私、あんまりお母さんと仲良くないの…お父さんは優しくしてくれたから、お父さんに会いたい」

エビスは大きくうなずきながら答えました。

「もし、君が立派な大人に成長したら、きっと結婚するだろう…。
 その時、神様にお父さんを返してもらえる様、お願いするんじゃよ。
 そしたらきっと君のところへお父さんは帰って来るから」

女の子はびっくりしたような顔をして、エビスを見ています。

「おじいちゃん、すごい。どうしてそんな事が分かるの?」

エビスは笑いながら答えました。

「何じゃろうな。おじいちゃんは、神様がいると思っているからかな」

女の子はただエビスの顔を見つめるばかりでした。

「まだ、体が治ったばかりだから、家に帰ってゆっくりと休みなさい。
 天国にいるお父さんもきっと心配しているよ」

「うん。おじいちゃん、ありがとう。帰って休むね」

そう言うと、女の子はしっかりとした足取りで帰って行きました。

「子供は元気じゃの」

エビスは、女の子の後ろ姿が見えなくなるまで、笑って眺めていました。
それから、ふと気が付いたかの様に

「すごい妖気を発していた男の子はどうしたかの?」

公園の向こうに目をやりましたが、男の子の姿は見当たりません。
子供達が帰った公園には、風が舞い、落ち葉が舞っています。

『むう、帰ったか、さて、寒くなってきたし、そろそろ、ワシも帰るとするか』

エビスは、ゆっくりとベンチから立ち上がり誰もいなくなった公園を後にしました。
すでに辺りは薄暗くなっていました。



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