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作品名:えびす様と少年 第2回
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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【第4部 稲荷と スサノオ】

その頃、隣町の神社ではイナリが神殿に続く長い階段を登っていました。
参拝客とすれ違いながら階段を登りきり、そのまま御祭神スサノオが祭られている神殿まで
走っていき中に向かって声をかけました。

「スサノオ、久しぶりじゃな」

スサノオが笑いながら神殿から出てきます。

「おお、イナリか、良く来たな」
「長いこと来てないから、道を忘れての、この神社を探すのに苦労したわい」
「まあ、良く来た、ゆっくりしていけ」

笑いながらスサノオは腰を下ろします。大きな境内はうす暗くなり始め、参拝客は帰っていきます。
神職が戸締りを行い、祝詞をあげています。イナリは周りを見渡すといいました。

「しかし、この神社は大きいの、こんな時間じゃというのに参拝客がまだウロウロしておる」
「イナリの神社は参拝客が少ないらしいな、まあ町外れにあるから仕方ないが」
「そうなんじゃよ、寂しい神社なんじゃが、最近、妙に参拝客が増えての、気になっとるんじゃ」
「参拝客が増えているか、実は私のところにも最近、深刻な悩みを抱えてお願いに来るものが増えてきている。
 何かあるのかもしれんな」

「そうなんじゃ、ワシも不思議に思うての、お主のところには参拝客が
 沢山来るんで何か知っているかと思うて来たんじゃが」

スサノオは唸っていましたが

「ふむ、ひょっとすると、この辺りに何かおかしなものが紛れ込んだ可能性があるな」
「おかしなものじゃと?そういえば、神社に来る途中、悪しき者の匂いがしたのう、
 町全体にも怪しげな気配が漂っておる」

「うむ、やはりそうか、我々も気をつけねばならんな。
 私のところにも、最近来ていた男の子が、ただならぬ妖気を放っていたな」

「その男の子はどうしたんじゃ?」
「ふむ、それがな神社を直ぐに出て行ったから、
 どんな悩みを抱えているのか、細かい事情までは分からなかった」

しばらく沈黙が続きましたがやがてスサノオが言いました。

「何か分かれば、お主の神社へ連絡しよう」
「おお、それは助かる。また来るぞ」

そう言うとイナリは薄暗くなっている境内を後にしました。

その頃、神社に向かって歩きながらエビスは公園でみた様子を思い浮かべていました。

「世の中が複雑になり、問題が深刻になっとるな…。物は豊かになったが、心の寂しい時代じゃ」

そう、つぶやきながら、自動販売機の横を通り過ぎます。ヒュー。
日が落ち、冷たい木枯らしが吹き抜けていきました。

「体があるとしんどいのう」

ふうふう言いながら、鳥居を潜ります。日が暮れた境内には誰もいません。
神殿の前に着いた時、後ろで気配がしました。

「エビスちゃん、お帰りなさい」

振り返るとベンザイテンが姿を現しました。ベンザイテンは横に来て声をかけました。

「人間の世界見てきたんでしょ。どんな様子だった?」

エビスは腰を下ろすと言いました。

「久しぶりに見たんで、世の中の様子がすっかり変わっていて驚いたのう。
 石の電柱に車の多さ、道も広くなっとった。じゃが…」

エビスは顔を曇らせました。境内には冷たい風が舞い、落ち葉が散ります。

「エビスちゃん、どうしたの、暗い顔して?」
「いや世の中が豊かになったのはよく分かった。然し、豊かになった分、
 人は思いやりとか優しさが少なくなった様に感じた。昔は昔で大変じゃったが、
 今は豊かになったのにかえって、難しい世の中になってしもうたの。
 助け合いの心や思いやりの心がすたれとる時代だから特に、子供たちは余計に苦労しとる様に見えた。
 今日、公園で会った女の子は気の毒じゃった」

エビスは、家に帰るのが辛いと言っていた女の子の話をしました。

「私がそばに行って、その女の子の頭なでて抱っこしてあげたいな。
 子供は大切にしてあげないとね」

その時、イナリが鳥居を潜る姿が見えました。

「お~イナリが帰ってきた」

エビスは笑ってイナリを見ています。イナリが二人の前まで来ると、
ため息をついて腰を下ろしました。


【第5部 少年の後ろに 潜んでいるもの】

「イナリちゃん、遅くまで、大変だったね。何処までお出かけしていたの?」
「実はな、隣町にある大社まで出かけて話を聞いておったんじゃよ」
「遠いのに、そんなとこまで出かけていたの? どんな話を聞いてきたの?」
「うむ、隣町の大社は参拝客が多く集まって来るじゃろ。
 じゃから町全体に不穏な空気が張り詰めている原因がひょっとしたら分かるかも知れないと思ったんじゃよ」

「そうか…の神社なら色んな人が来るもんね。それで、どうだったの?」
「それがの、状況は同じようで、やはり願い事が増えているとの事じゃ。
 スサノオに言わせれば悪しき念をもつ者がこの町に紛れ込んだらしい」

「え~この町に変なのきちゃったのかな?何とかしないとね」
「時々、町中に出かけたほうが良いかもしれんの。
 ベンザイテンも神事が終われば出かけたほうが良いかもしれん」

「え~私なんかで大丈夫かな」

エビスは笑いながら言いました。

「オフォフォフォ。町中でお喋りばかりして油売っていたりしてな」
「あ~言われちゃった。いいもん。お喋りして、みんなから話聞くもん」

神社の中から三人の笑い声が聞こえてきます。エビスは腰を上げると

「さて、明日は神事があるし、ワシも神殿に戻るとするかの」
「外のお話いっぱい聞かせてね」

それから、また風が舞い三人は姿を消しました。その後、本殿には小さな灯りがともりました。
辺りはひっそりと静まり返り、そして夜も更けてきました。
神殿の中では、エビスとベンザイテンがおしゃべりを続けています。

「え~。勝手に飲み物を売ってくれる機械なの?」
「そうじゃよ。道の脇にあって、細長い箱みたいなものじゃ。どうも、お金を入れると出て来る様じゃの」
「すごい。私も飲み物買ってみたい。お茶とかあるの?あ、でも私じゃ使いこなせないかも」
「オフォフォ、そんな事はなかろう。器用なお主なら、直ぐ使い方ぐらいは慣れるじゃろ。
 ほとんどの機械で、お茶は見たの。コーヒーもあったぞ」

「面白そう、祭りで集まったさい銭くすねて買い物行こうかな」
「ははは。それは良くないの。世の中を見てくる事はいいがの。
 大体、人が大勢いるところで、さい銭箱ひっくり返しても、怪しまれるだけじゃろ」

楽しい会話が続いています。いつの間にやら辺りは、うっすらと明るくなり始めていました。

 そして、祭りの朝がやってきました。本殿には、お酒やビールが並んでいます。
立派な衣装を着た神主さんが太鼓を打ち、巫女が参拝客にお酒を振舞っています。
屋台に並ぶ人の列、手を洗うため、シャクを取り合う子供たち。おみくじに熱中する参拝客に、
お守りや縁起物を買う人達。昨日作られた舞台では、巫女たちが華やかな衣装で、舞を舞っています。
本殿の前には、長い行列が出来ていました。多くの参拝客が手を合わせています。
ベンザイテンは本殿の前で舞を楽しそうに眺めていました。ガラガラ、鈴がひっきりなしに鳴り、
パンパンと手を合わせる音が聞こえます。エビスはニコニコしながら、参拝客を眺めていました。

「今日は、人が多いから、色んな願い事が来るのう。お主には、どんな願いが来ているんじゃ?」
「それがね。お願い事が一杯ありすぎて、何をお願いしていいのか分からないけど、
 でも、とにかく良くなります様にって人がいたの」

「そりゃ難しいの」
「お願いに来てくれるのは嬉しいんだけど、本人が悩んでいるから、私もどうしていいのか分かんない」

その時エビスは、ヒヤリとした気配を感じました。公園で感じた時と同じものです。
強い妖気が漂っている事に気が付きました。イナリが言いました。

「誰か来たな」

人々は祭りに浮かれ、空気が張り詰めている事に気が付きません。
やがて、鳥居をくぐり“妖気を発しているもの”が、現れました。

「あれ?子供」

ベンザイテンが驚いた様に言いました。子供だけど、すごい妖気を放っており、
こっちに近づいてきます。近づくにつれ、空気が少しずつ重くなるのを感じます。その時エビスは気が付きました。

『この子は確か、公園で見た少年』

少年は、本殿の前に立ち、こっちを見つめていましたが、やがて鈴を鳴らしました。
背中からは黒いモヤが立ち込めており、異様な雰囲気です。少年は、手をたたくと、お願い事をしているようです。
ベンザイテンは言いました。

「この子、難しい悩みを抱えているわね。どうも家庭の仲が悪いのが原因みたい…」
「何?家庭の絆がこわれとるのかの」

その様子を見てイナリは

「スサノオが話していた妖気を放つ男の子とは恐らくこの子じゃな?」

エビスは驚いて

「何?イナリ、この子の事、知っているのか?」
「いや、スサノオから聞いた話じゃよ。ワシの嗅覚が凄い反応をしておる。この子には何かあるな」

イナリは目を閉じて少年の心の中の様子を伺っています。
エビスは少年に近づき様子を見ることにしました。どうやらこの少年は、強い妖気を発してはいますが、
神々の姿は見えない様です。エビスは公園で心の中を覗いた時と同じように、心を研ぎ澄ましました。


【第6部 少年の悩み】

「この子には、一体何があるんじゃろ?」

 少しずつ、少年の心の中が見えてきました。学校からの帰り道の様です。
薄暗い通りが見え、楽しそうな家庭なのでしょうか、中から笑い声が聞こえてきます。
それを寂しそうに見つめる少年がいました。どうやら、見つめているのは、この男の子の様です。
少年は、しばらく眺めた後、ため息をついて、帰る様子が見えました。
その後、家が浮かび中に入って行きました。どうやら、この家がこの子の住んでいる家の様です。
中には両親が居る様ですが、両親は怒鳴り合っています。それを物陰で隠れるようにして、眺める弟。

「この子の家は、難しいもんじゃの」

エビスは悲しそうな顔をしながら、再び精神を集中し、少年の心の中を覗きます。
すると、家の中が崩壊していくのを見て、笑っている男の声が聞こえてきます。
注意深く見ると、それは恐ろしい顔をして、大きく異様な体をしていました。

『む…。どうやらこれは人間じゃないようじゃの』

この生き物の声は、両親や少年には聞こえないようです。エビスは又ため息をつきました。

「可愛そうな子じゃ」

首をかしげていたベンザイテンが

「ねえ、エビスちゃん。この子の家、鬼が住んでいないかしら?」
「うーむ。確かに、この子の背後にはどうも鬼がいるようじゃの」

二人は顔を見合わせました。イナリは

「確かに鬼じゃな。放っておくのは危険じゃ、この子の身も危ない」

「ねえ、二人とも、悪いけど、この子の後について見に行ってくれない?
 私がついて行けたらいいけど、今神事の最中だし」

「うむ。まあ、いいじゃろ。子供の笑顔は未来の宝みたいなもんじゃ」
「ワシも人間に化けて行くとするかの。元々、狐だから疲れるが」
「ねえイナリちゃん。人間に化けて出かけるとしんどいから、このまま、透明な神体で出かけたら?」

イナリは唸っていましたが

「あの子に声をかけられないのが残念じゃが、人間に化けると疲れるし…ここはエビスに任せるとするか」
「よし、わかった、ワシは、人間の姿になるたとしても、もともと人間の姿じゃから大して疲れん。
 しかし、こうも人が多いと姿を現したときバレるかのう」

「エビス、境内にあるトイレに隠れて、そして現れるのはどうじゃ?子供はワシらが見とるから」
「成る程、それがいい。ちょっと人間に化けてくるから、あの子を見とってくれ」

エビスはトイレに入ると誰も居ないのを見計らいました。
そして中で風が舞うと、人間の姿になって現れました。

「さて、行くとするか」

その時です。誰かが肩をたたきました。エビスは思わずドキリとしましたが、ゆっくり振り返ると

「ねえ、エビスちゃん」
「何じゃベンザイテンか。驚かさんでくれ」
「ねえ、あの子、可愛そうだから、これで何か買ってあげて」

ベンザイテンの手には、お金が握られていました。

「ベンザイテン、何処から持って来たんじゃ、このお金?」
「さっき神職さんがね、さい銭を取る時にくすねちゃったの」

ベンザイテンは恥ずかしそうな顔をしています。

「あんまり良くないのう。まあ、今回はしょうがないの」

エビスはお金を受け取るとトイレを何食わぬ顔で出て行きました。
参拝者は、エビスが境内に居ることに気づいていない様子です。

イナリが足元に来て言いました。

「エビス、あの男の子は今、屋台で遊んでいるぞ」

エビスは参拝客であふれている人ごみを掻き分け進んで行きます。
先程の男の子は、ボールすくいに夢中に成っている様です。エビスは、近づいて様子を見ました。

『この子にはすごい威圧感があるが、人が多いせいか皆、気づいておらんな』

しばらく様子を伺っていましたが、男の子はボールすくいに飽きたのか境内を出て行きます。
どうやらこの子は、一人で祭りに来た様です。

『さてと、追いかけるとするか』

エビスは鳥居を潜り男の子の後を追いました。



▲▲▲▲ 2014年1月26日 次回につづく ▲▲▲▲