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作品名:えびす様と少年 最終回
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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【第7部 妖気の正体】
男の子は裏道を通って、どんどん歩いて行きます。

「子供の足は速いのう。ついて行くのが、しんどいわい」

いつの間にか、男の子の姿を見失ってしまいました。

『う~ん、弱ったぞ。何処へ行ったのかの?』

エビスが辺りをウロウロしていると、強い妖気が感じられました。どうやら表道にいる様です。

『すごい妖気じゃから、気配でわかるの』

エビスはホッとして、表に向かって歩いていきます。
やがて横断歩道の前で信号待ちをしている男の子を見つけました。

『やれ、やれ。やっと見つけたぞ』

 汗をぬぐっていると、信号が青に変わりました。皆、一斉に渡ります。
男の子は歩道を渡り少し歩くと、裏道へと入って行きました。エビスがついて行くと、
そこは静かな住宅街でした。辺りを見渡しますが、男の子の気配がしません。

『おや、子供の気配が消えたぞ?』

エビスは辺りを見渡しますが誰も居ません。しばらくウロウロしていると、
目の前の家から強い妖気が漂ってきました。

「ふふふ、どうやらこの家の様じゃの」

エビスは汗をふきます。

「しかし、この威圧感。さすがは鬼じゃ。強い力を持っておる」

しばらく様子を見ていましたが、誰も出てきません。人通りもほとんど無く、ひっそりと静まりかえっています。

「ちょっと周りを見てみるか」

エビスは家の周りをゆっくりと回ってみました。

「ふむ、障子が破れたままになっておる。外にある洗濯機もフタが割れたままじゃ。
 裏庭も荒れとるし、困ったもんじゃのう」

エビスはため息をつきます。

「さて、どうしたものか…」

その時、ある事に気が付きました。庭に酒の空き瓶が山積みに成っていたのです。

『成るほど、どうやらここの鬼は、酒が好きな様じゃの。昔から鬼はよく酒盛りをするからの』

そして、エビスはもと来た道を引き返しました。横断歩道を渡り、裏道を通ると酒屋につきました。
そして酒屋に入り、出てきた時にはお酒を持っていました。

「金をくれたベンザイテンには後で礼を言っとかんとの」

そうつぶやいて、元来た道を引き返します。

「酒は重たいもんじゃ」

フウフウ言いながら歩きます。そして、鬼のいる家に着くと酒のビンの蓋を開けました。

『これに引っかかってくれるといいが』

エビスは少し離れた通りの角から様子を伺います。やがて太陽が西に沈みかけた頃です。

「何か匂うな」

縁側から、大きな体、角、そして恐ろしい顔をした生き物が顔を出しました。
家から出てくるとその生き物は酒のビンを見つけました。

「やや、酒じゃ。一体なぜこんな所に」

恐ろしい生き物は、大きな体をゆらしながら、外に出てくると酒を眺めています。

「ふふふ、お主じゃな。この町で問題ある家に住み込んで悪さを働くのは」

その生き物は、ゆっくりと振り返ります。

「お主は鬼じゃな。罪の無い子供を不幸に追いやり、人々に不幸をもたらし、
 今また、この家でも悪さを働いておったのじゃろう? あまり良からぬ事じゃの」

「な、なんだ、じじい。俺が見えるのか?」


【第8部 鬼と えびす】

鬼は驚いてエビスを見ています。鬼はしばらく茫然としていましたが、我に返るといいました。

「ワシの姿を見られたからには放ってはおけん。踏み潰してやる」

そう言いながら、すごい形相で腕を回しています。

「おほほ、恐ろしいのう。まあ、そこに座れ」
「うるさい、じじい」

鬼は巨体をゆらしながら近づき、丸太のような足でエビスを踏みつけようとした時です
エビスの手が光りました。鬼はあわてて

「じじい!何をした」

ブワ!不思議と鬼の体が宙に浮きドシンと尻もちをつきました。

「じじい!念力を使うのか!?じゃまをするな」

エビスはにこにこしながら

「お主少し、もう少し落ち着かんと」

よろよろと鬼は起き上がり顔を赤くして

「じじめ、この金棒で吹き飛ばしてやる」

そう言って金棒を振り上げドンドンと地面を揺らしながら恵比寿に近づいてきました。鬼はエビスを睨めつけ

「俺の金棒をくらえ!」

そう言って腕を振り上げた時です。エビスの手が再び光りました。その瞬間、鬼は

「うん?足が動かん?いや足だけではない、腕も体も動かん?」

エビスはニコニコしながら鬼を見ています。鬼はジタバタしようとしましたが、体の自由がききません。
やがて鬼があがくのを諦めると、エビスは言いました。

「どうじゃ。動けんじゃろ?まあ、そこで頭がさめるまでゆっくりしとれ」
「な、なんじゃ、これは、じじい、一体俺に何をした?」
「お主、力があり余っとる様なんで、目に見えない力で体を縛ったんじゃよ」
「念力に金縛りだと、じじい、お前何者だ?」
「わしか。わしはこの近くの社に住む者じゃよ。最近願い事が増え、
 町全体に不穏な気配がするからこうして外に出てきたんじゃ」

 しばらくすると鬼が抵抗するのを諦めたので、エビスは鬼の体を解放してあげました。
鬼は黙ってこっちを見ています。エビスはニコニコしながら言いました。

「まあ、そこに座れ。お主、酒が好きじゃろ」

鬼はゆっくりと腰を下ろすと言いました。

「ワシか。ワシは酒なんか嫌いじゃ」
「そうかの。おぬしは酒をよく飲むと思うが」

そう言うと、エビスは酒を差し出します。

「お主も色々あったんじゃろ。ほれ、飲みなされ」

エビスはゆっくりと、鬼の前に酒瓶を置きました。鬼は顔を横に向けフン、と言っていましたが

「まあ、ちょっとぐらいなら飲むか」

 そう言うと、酒を浴びるように一気に飲んでしまいました。
そして、口の周りを丸太のような腕でぬぐっています。その様子を見ながら、
エビスはニコニコ笑っています。鬼が酒で腹いっぱいになった様なので話し出しました。

「お主、この町に何をしに来たんじゃ?お主の目的は何じゃ?」
「この町は色々と心の問題を抱えとる者が多い様だから、そこに潜り込んで、大いに暴れてやろうと思ったんじゃ」
「おほほ…。恐ろしいのう、それでお主は満足か?」
「わしゃ鬼じゃ。凶暴な生き物だ。神に逆らい、
 人間が苦しんでいるのを見るのが好きなのじゃ。それが、ワシの役目じゃ」

「そりゃ、困ったのう。じゃが、お主には心の迷いが見えるのう」
「迷いじゃと?そんなもんは無い」
「そうかの、先ほど、お主の心の中を覗かせてもらったが、そんな荒んだ毎日に疑問を抱いているんじゃないのか?
 何故こんな事を毎日続けているのかと」

しばらく沈黙が続きました。やがて、鬼がゆっくりと口を開きました。

「お主、心の中が見えるのか、本当に神のようだな。だったら聞かせてくれ」

鬼は溜め息をついて言いました。エビスはニコニコ笑いながら見ています。

「最近思うのじゃ。何故、鬼となって生まれてきたのか、毎日暴れてばかりいるが、
 ふと、気になったんじゃ。何の為にワシは毎日こんな事をしているのかと?」

「今の自分に疑問を抱いておるのじゃな。自分を振り返る事は大切な事じゃ」

少しばかり沈黙が続きます。やがてエビスが口を開きました。

「お主は昔、人間だった様じゃの。だが、悲しいかな、お主は戦争で死んだようじゃの」

鬼は驚いて言いました。

「な、何じゃと、ワシは昔、人間だったのか?」
「どうやら、そうじゃの。昔は、優しい人間だったんじゃよ。
 だが戦争で何もかも失い命を落としたんじゃ。それで、人間を憎悪する様なったんじゃ」

鬼は黙っています。エビスは続けます。

「悲しいかな、お主は純粋じゃった。だから強い恨みを持ち、鬼となって生まれ変わった。
 憎しみを持った鬼である為、人々の心に忍び込んで暴れるようになったんじゃ」

「ワシは、ワシはこれからどうすれば良い?鬼になった今、ワシに何が出来る?」
「気の毒じゃの。お主は、何故争いが始まったか分かるか?」

鬼は黙っています。

「結局、お主の場合は、神様が偉いか仏様が偉いか、という戦争に巻き込まれた様じゃの。
 要は、好みの押し付け合いによって始まったんじゃよ。じゃがの、神様が偉いか、仏様が偉いかという話は、
 太陽が好きか、月が好きか、問うておるようなもんじゃ。結局、この大きな宇宙は元々一つ。
 あらゆる考え方の違いはあるが上か下かというのは人間の概念じゃ。宇宙に中心となる場所は存在しないからの。
 だから神様は上で仏様は下で、というような話から争いを始めたようじゃが、結局、
 太陽がすきな者は太陽ばかりながめる、月が好きなものは月ばかりながめる。
 神様や仏様を愛する事は素晴らしい事じゃが、わしをはじめ、お主もこの家もすべては宇宙の一部なんじゃよ。
 好みを押し付けず、冷静になって宇宙全体を眺めておればよい。そうすれば、
 自然と何故、鬼になったのか分かってくるはずじゃ」

鬼はしばらく黙って考え込んでいましたが、やがて言いました。

「ワシは…ワシはこれからどうして行けばよい?」

「そうじゃの。今は、自分が早く鬼から生まれ変われる様に、自分の犯した過ちを反省するだけで良い。
 そうすれば、次はよい人生を送れるから」

「わかった。もう暴れる事はやめる」
「それが良い。さて、今日からお主は新しい人生を歩みなされ。
 困った時は社へ来い。わしらに出来る事なら、何とかしてやるから」

鬼は黙って下を向いていました。目には涙が一杯たまっていました。
エビスはゆっくりと腰を上げると、神社へと帰って行きました。


【第9部 平和な日本】

 神社へ戻った頃には、もう薄暗くなっており祭りもすでに終わっていました。
エビスはトイレに入り出る時には、神の姿に戻っていました。本殿に向かうと、イナリとベンザイテンが待っていました。

「エビスちゃん、お帰り」
「お~エビス、お疲れのようじゃの」
「ただいま、疲れたわい」
「それでエビスよ、あの男の子の様子はどうだったんじゃ?」
「うん。あの子の家にはやはり鬼がおっての、もう暴れない様に話はしてきたぞ。
 ま、これで、しばらくは、この町も静かになるじゃろ」

「さすが、エビスちゃん。とっても頭いいね。あの子、今度来たら頭なでちゃおうかな」

エビスは静かに笑いながら言いました。

「さてと、これで、町もしばらくの間静かになるじゃろ。じゃが」

エビスは顔を曇らせました。

「助け合いの心が廃れた今、又、第二第三の鬼がこの町にやって来るやも知れんの」
「その時はまた、私達の出番かな」
「オフォフォ…そうかも知れんのう。じゃがわしらだけでは限界がある。
 一日も早く人間に助け合いの心や思いやりの心を取り戻してもらいたいもんじゃ」

その時です。誰かが近づいて来て、さい銭を入れ、鈴をならし手をたたきました。

「エビス様、人々から喜ばれる商売をしたいのですが、どうぞ教えて下さい。お願いします」

エビスは笑いながら答えました。

「人に喜ばれる商いは、人を残す商いじゃ。悪いことをして手に入れたお金は、
 ただの紙切れにしか過ぎんが、人々に喜ばれる商いをして手に入れたお金は、輝いて見えるもんじゃ。
 それは、死んでからでも持っていく事の出来る徳という小判がついとるからじゃよ」

「そうそう。そういう商いをすれば、鬼も来ないし、私達もお外に出て行かなくてもいいしね」

 神社の中から神様の笑い声が聞こえてくる様です。神々の楽しいおしゃべりはいつも人々の幸せを願う優しさです。
今日も神様は、貴方の身近なところで幸せのタネを蒔いているのかも知れません。



▲▲▲▲ 2014年1月27日 完結 ▲▲▲▲