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作品名:俺のオヤジは世界1
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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【第1部 父との約束】
ウォーウォー。森の中でオオカミの声が響きます。オオカミの群れが、イノシシ狩りをやっているのです。
大きな獲物を狙い10数匹の仲間が、イノシシにとびかかっていきます。

「ブギー」

イノシシが力つき、倒れたのを見て一斉に肉にかぶりつきます。
狩りが終わると、小さな子オオカミが木の影から現れました。

「ほら、ガウ、イノシシの肉だ。うまいぞ」

父オオカミが肉をガウに渡します。子オオカミが夢中で肉にありついている様子みて

「ガウも、早く狩りを覚えて、逞しくなって欲しいわね」

母オオカミの目の中にガウの顔がキラキラ輝いています。

 ところが、母オオカミは数日後、病気になってしまいました。
元気なく横たわっている母親を見て心配そうに眺める父とガウ。
ある日の寒い朝。母オオカミは、力尽きて、冷たくなってしまいました。

「母ちゃん?母ちゃん…あれれ?冷たくなっちゃった。どうして動かないんだろう?」

不思議そうに眺める子の様子を見て、父オオカミの目に涙が光っていました。

ある日のことでした。美しい夜空を見つめながらガウは、

「父ちゃん。母ちゃんは何処へ行ったんだろう?」
「母さんは、空にでかけたんだ」
「ふーん…また帰ってくるかな?」
「ガウが胸を張って生きていれば、母さんは、お前が好きだったから、きっと帰ってくるとも」

父オオカミは自分に言い聞かせるように夜空の星を眺めていました。
ガウが漸く狩りに参加できるようになったある日の事でした。

(ブス!)

「ぐあ!やられた」

父オオカミがトナカイとの戦い最中に、ツノで刺されてしまったのです。

「父ちゃん…母ちゃんみたいに居なくなっちゃうの? 僕1人ぼっちになっちゃうよー」

父親の前でさびしそうに呟きます。


【第2部 群れを追われて】

月日が流れ、ガウは成長し大人になっていましたが、群れの中では下っ端です。
リーダーの命令を聞き、獲物をとりに行きますが、狩りは下手です。
獲物もリーダーが食べた、残り物ばかりでした。残り物をほんの少ししか食べられないので、
狩りに行っても、中々チカラが出ません。ある日のこと、狩りをしている最中に、ケガをしてしまいました。

「チクショー。痛え」

片目を痛めて、見えなくなってしまったのです。獲物を取ることばかりに、拘るリーダーは

「お前は、ダメなやつだ。みんなに迷惑がかかるからこの群れから出て行け」

ケガをしたガウは、群れから、嫌われ、のけものにされました。
群れから離れ、仕方なく1匹で狩りを始めました。しかし、ケガをしたオオカミの獲物は、
ウサギやネズミなど小物ばかりです。獲物がとれず、水ばかりの日が続き、
空腹で目が回りそうです。ある日の事…。

(ピュー)

風が強く、小雨の降る中、断がいの前にたっていました。

「もう、何もかも世の中が嫌になった。死んだらきっと楽になる」

そう思って下に飛び降りようとした時です。

崖の下に産まれたばかりの、赤ちゃんオオカミが泣いているのが見えました。
赤ちゃんは、餌もなくか弱い声で泣いています。
その時、ガウの頭の中に、幼い頃の苦しかった日々が浮かんできました。独りぼっちで生きてきた事。
父と母がきっと帰ってくると信じ、狩りを続けたこと。ケガをすると、のけものにされ、仕方なく去ったこと。
しばらく、悩んだ末、様子を見ようと崖下へと降りて行きました。赤ちゃんは力なく泣いていました。
赤ちゃんオオカミとガウの目が合います。

「お父さん? やった~。お父さんが迎えに来てくれたんだね」

そう言って、小さな体を、すりよせました。ガウはハッとしました。
赤ちゃんの顔が父親に似ているような気がしたのです。ガウは、少し迷っていましたが

「ああ…俺は、お前のお父さんだよ。迎えに、きたんだ」

それから、ガウの大変な日々が続きました。水飲み場を教え。狩りの仕方を教え。
川に落ちた時の泳ぎ方も、教えました。

「父ちゃん。今日はウサギとれたね」

狩りをする獲物は、小物ばかりでした。しかし取れたときは、二人で仲良く分け合います。

「不思議だ。小物しか取れないから、俺はダメなオオカミだと思っていた。
 なのに、小さな獲物でも、お前と一緒に食べていると、幸せだ」

ある日の事です。ガウが目覚めると“息子”がいません。慌てて探しますが中々、見当たりません。

「もしかして、ライバル達に食われちまったのか?」

落ち着かずにウロウロしていると

「父ちゃん」

声が聞こえました。息子が口にネズミを銜えて不思議そう見ています。

「1匹で狩りに出かけたのか? 危ないだろう」

息子はすまなさそうな顔をしてネズミを前に置きながら

「初めて獲物とったんだよ。父ちゃん、いつも僕に食べさせて、ばかりだから…今日は父ちゃんが食べてね」

ガウは涙を隠そうと息子に背を向け話しかけます。

「こんなに幼いのに獲物を捕ってくるなんて…
 お前には優しさと強さをもった本当のリーダーになって欲しい」

息子は黙って聞いていました。


【第3部 俺のオヤジは世界1】

また、月日が流れました。息子は足が速く大物も狙える、強いオオカミになっていましたが、
ガウは年老いて、弱ってしまいました。狩りをするときも何時も息子の邪魔にならないように気を付けて行きます。

「今日はイノシシを捕まえたぞ。親父、これで当面食えるな」

息子は肉にかぶりつきます。ガツガツ食べている息子を見てガウは、

「俺にも、こんな時があったなあ」

「若い頃、片目を失い、お前に十分な狩りの仕方を教えてやることもできなかった。
 でも、お前は俺をこえて、すっかり逞しくなった」

「親父…俺が尊敬するのは親父だけだぜ」

ある冬の日のこと。中々、獲物の取れない毎日が続きました。2匹は空腹で目が回っています。

「くそう、獲物が取れない」

2匹はフラフラしながら雪の降る中、獲物を探し歩き続けました。

「俺たちは野たれ死んで、しまうのか?」

ガウの頭の中に父親の最後の顔が思い浮かんでいたその時です。

遠くの茂みで何かが動いています。2匹は風下でじっと様子を見ていると大きなツノが現れました。
大きな体。風格。それはトナカイでした。

「親父…アレすげえな。あれをしとめたら、暫く食い物の心配はいらないぜ」
「そうだな」

2匹は大物に思案しましたが。

「親父、デカイが狙うか?」
「これを逃したら、もうチャンスがないぞ。やるしかないか」

2匹は悟られないように、そっと近付きます。足音をたてず1歩1歩踏み出し、距離を縮めます。
トナカイの目の前まで近づきます。

(ガサガサ)

トナカイの草を食べている音まで聞こえてきます。2匹は一斉に飛びかかりました。
息子は正面から、ガウは足にかみつきます。トナカイとの激しい戦いが続きました。
あたりの雪に泥が混じって飛び散っています。ガウが思い切ってトナカイの前足に噛みつこうとした時です。

(ブス!)

激しい痛みが襲いました。トナカイの角に刺されてしまったのです。

「くそ! 親父をやりやがったな」

息子のオオカミがトナカイの喉にかみつき、そして巨体がドスンと倒れました。
トナカイが完全に動かなくなったのを見ると、息子はガウのもとに駆け寄ります。

「済まない。俺は最後までお前にも迷惑かけたな」
「何を言っているんだオヤジ…しっかりしろよ」
「いいか、おまえは、こんな大物を1匹でしとめる程、強くなった。
 群れに入れてもらえば、きっとリーダーになれる」

「俺は…俺は、親父が1番好きだぜ」
「いいか、本当のことをいう。俺はお前の父親じゃない。雨の日、崖の下で拾ったんだ」

息子は驚きました。

「な、何を言っているんだ…親父?」
「おかげで俺は死なずに済んだ。大物も取れないダメな親父だったが、
 お前は俺をしたってくれた。俺はお前が居て幸せだった」

息子は黙って聞いています。

「いいか、世の中の役に立つ為に、命をかけてもいいことをしろ。
 それが自分の魂のためになり、後の生きがいになる」

ガウは静かに目を閉じました。

(ピュー)

冷たい風が吹き抜けて行きました。

それから数年後。息子は大きな群れのリーダーとなっていました。
若い新入りのオオカミは必至で肉にありついてます。その様子をその様子を静かに眺めながら

「ヤギの肉はうまいか?」

リーダーが優しく問いかけます。若いオオカミは、

「オイラ、いろんな群れ入っては、抜けてきたっす。けど、これほど良い親分に会ったの初めてっす」
「それは、良かった。お前が幸せで俺もうれしい」
「どうして、親分はそんなに、部下から人気が、あるんっすか?」

リーダーは寂しそうに空を見つめながら

「おれの親父は世界一かっこよかったから」



▲▲▲ 2014年1月27日完結 ▲▲▲▲
(本編は第110回コスモス文学新人賞 童話部門で奨励賞を受賞しました)