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作品名:白い花の天使
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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【第1部 若者との出会い】
 お日様が柔らかな光を注いでいます。
ここは、園芸用のお花がたくさん並んでいるハウスの中です。
中はふんわりと暖かく、いい香りが漂っています。赤や黄色、白、色とりどりの美しい花々が、所狭しと並んでいます。
今この中では園芸屋のおじさんが、お花に水をあげたり肥料をやったり、色々と世話をしています。
その内、小さな花に目が止まりました。

「う~ん、この花、中々咲かないなあ」

その花の横に枯れ始めたシクラメンがありました。

「これは、だめだな、商品にならないや」

おじさんはハウスの外に運び出すと、そのまま片隅に捨ててしまいました。
それを見た、小さな花は、自分もシクラメンの様に捨てられたら大変と、必死になって咲こうとします。
やがて何日かすると手入れの甲斐もあり、その小さな花にも、ようやく白いツボミができました。

『ああ、これで捨てられずにすむ』

小さな花はほっとしました。
 街のショーウィンドーやホテルに飾られるのでしょうか。
華やかな美しい花々は、誇らしげに咲き乱れています。
それから何日かして小さな花は、ハウスの片隅で可憐な白い花を咲かせました。
そして、いよいよハウスと別れ、出荷される事になったのです。

 ある晴れた日の朝、その白い花は他の花々と一緒にトラックに載せられて、
生まれ育ったハウスを後にしました。白い花はトラックに揺られながら、
希望と不安の入り混じった複雑な気持ちで一杯でした。
大輪の美しい花々は、街の大きな花屋さんに次々と降ろされました。

『私は一体、どこへ行くのだろう…』

小さな白い花の出荷先は裏通りにある雑貨屋さんでした。雑貨屋さんの店先には、色んな物が並んでいます。
子供たちのお菓子や、果物・・・野菜。その片隅に、この白い花は無造作に置かれました。
扱い方は酷いし、その上、季節は冬、木枯らしが吹き抜け寒くて仕方ありません

「なんて冷たい風」

寒さに震えながら、白い花は思いました。

『私と同じハウスで育てられた美しい花々達は暖かいお店の中で、大切に扱われているんだろうな』

「このお花下さいな」

買い物帰りの若いお母さんが、小さな赤い花を買って行きます。
店先に並べられている他の花々は、どんどん買われていきます。

「私は、こんなに一生懸命に咲いているのに何故、どうして誰も私に目を止めてくれないの?」

それでも、小さな白い花は寒さに耐えながら必死で花を咲かせています。
それから2、3日した、ある寒い日の夕暮れ時、仕事帰りの一人の若者が雑貨屋に立ち寄りました。
若者は、店先に並んでいる色んな花を見ていましたが、何を思ったのか、その白い小さな花に目を止めました。

『可愛いい花だな。それに何かとても優しそうだな』

そう呟くと鉢を手に、レジの方へと歩いて行きました。若者の手の中で、白い花は嬉しさで一杯でした。
若者に買われた白い花は、暖かい部屋に連れてこられました。若者は、毎日水をやります。
白い花はハウスの中や雑貨屋の店先で水をもらった時とは違う、何かを感じました。
若者が心から慈しみ自分の世話をしてくれていると感じたからです。花は若者に言います。

「本当にありがとう。あなたのお陰で私は生れてきてよかったと思います。そして一生懸命咲いた甲斐がありました」

 若者はお日様の光が暖かい晴れた日には、ベランダに出してくれます。
小さな白い花は外の空気を吸い、太陽の光を一杯にあびて、とても気持ち良さそうです。

「私は少しでも綺麗に咲いて、あなたを慰めてあげます。それが私に出来るあなたへの精一杯の感謝の気持ちです」

 ある日、若者は仕事で帰りが遅くなりました。帰ってくるなりベランダの戸を開け花を中に入れてあげました。
花は寒さで凍えていました。若者は部屋を暖め、花に言いました。

「ごめんね。寒かっただろう」

始めは元気がなかった花も暖かい部屋と若者がかけてくれたいたわりの言葉に元気を取り戻しました。

「いつも私の事を気にかけてくれてありがとう。私はあなたの側で過すことができ、今、とても幸せです」

もちろん、若者に花の言葉は通じませんが、若者と花は互いに心が癒されているのを感じました。
そして、若者が愛情を注いでくれた分、花は美しく花を咲かせる事が出来ました。


【第2部 悪魔の誘惑】
 若者と小さな白い花の楽しい日々がしばらく続いたある日のことでした。
若者は帰ってくるなりゴロンと床に寝そべりました。花は
若者にいつもとは違う何かを感じました。
若者に何か良くない気配を感じたのです。よく見ると若者の後ろに気味の悪い黒い影が付いています。影は

「ヒヒヒ…もう少しだ。もう少しでこいつは死ぬ」

と言っています。花は驚きました。若者についているその影は悪魔だったのです。
悪魔は彼を弱らせ死なそうとしているのです。白い花は、必死で若者に声をかけます。

「気味の悪い、黒い影があなたの後ろについているよ」

しかし若者は気が付きません。悪魔は言いました。

「フフフ…こいつには俺の姿は見えないのさ。俺に取り付かれたヤツは間もなく死ぬ。それが俺の仕事なのさ」

花は恐怖で声も出ません。それでも必死で若者に声をかけます。しかし、若者は気づいてくれません。悪魔は

「お前は花だ。人間に言葉が通じるはずがないだろう」

そう言って不気味に笑っています。

『何とか、若者を助けなければ』

小さな白い花は思わず

『誰か助けて』

と心の中で叫びました。その時です。急に目の前に柔らかな光が差してきました。

「悪魔よ!立ち去りなさい」
「う!この光は…くそ!覚えていろ」

若者に取り付いていた悪魔は、姿を消しました。その光は少しずつ少しずつ、若者に近づいていきます。
小さな白い花は、不思議な夢を見ている様でした。この優しい声、柔らかな光、それにとっても暖かいのです。
花は恐る恐るその光に聞きました。

「あなたは誰ですか?」

「私は神です」

光は小さな白い花に言いました。

「この若者は、悪魔によって体力を奪われ弱っています。
 あと一週間もすれば、死んでしまうでしょう」

花は驚いて聞きました。

「あなた様は、神でいらっしゃいますよね。この方を救う方法は無いのですか?
 私にお教え下さい」

しばらくの間、沈黙が続きました…やがてゆっくりと神は答えます。

「あります。ただし…それには、貴方の命が必要です」
「えっ?私の命?」

神は白い小さな花に近づくと、こう言いました。

「彼が弱っているのは悪魔の恐ろしい魔力によるものです。その魔力を貴方は吸収する事ができます。
恐らく魔力を使い果たした悪魔は消滅するでしょう。しかし…」

小さな白い花は言いました。

「魔力を吸収すると、私は枯れてしまうのですね」

「その通り、悪魔の魔力で貴方は枯れてしまうでしょう。しかし、この若者は助かります
 何故なら彼にはまだ寿命があるからです。悪魔が消えれば、彼はまた、力を取り戻すでしょう」

花は困ってしまいました。

『この若者を救うには、私の命が必要』

神は悩んでいる花に向かって言いました。

「又、明日来ます。今夜中に考えておきなさい」

そう言い残すと神は消えてしまいました。カチコチ、カチコチ…。
静まり返った暗い部屋の中で、時計の針を刻む音だけが聞こえてきます。
花は知らず知らずの内に今までの出来事が次々と思い出されてきました。

 ハウスの中で自分だけが中々咲かずつらい思いをした事。
出荷されるトラックの中では、不安と期待でいっぱいだった事。
雑貨屋で、誰にも目に留めてもらえず、寒い毎日を過ごした事。そして若者に買ってもらえた時の嬉しさ。
暖かい部屋で若者が一生懸命世話をしてくれた事。初めて

『生まれてきてよかった』

と思えたこと。自分は命を投げ出すべきか、それとも、自分を大切にしてくれた人を見捨てるのか。
小さな白い花にとって若者はとても大切な人。色んな思い出が花の心の中を駆け巡ります。
時間だけが刻々と過ぎていきます。

「ヒヒヒ…やっと出て行ったな」

悪魔は再び姿を現し、花に近づくと言いました。

「邪魔者は出て行ったな。なあ花よ、一週間だけこの若者の事に目をつむっていてくれないかな?
 そうしたら、お前を俺の魔力で永遠に枯れない姿にしてやるからさ」

花は悩みます。悪魔は続けて言います。

「お前はいつまでも若く、そして永遠に美しく咲き続けられるんだ。
 今まで苦労しただろう。中々、目に止めてもらえず、寒さの中で必死に耐えていた。
 でも、もうその心配から永久に開放されるんだ。みんな、お前をほしがるんだぜ。
 いつも暖かい部屋の中で咲き続け大事にされ続けるんだ」

小さな白い花は更に悩みました。確かに私は今まで「商品」としてしか生きてこれなかった。
ハウスの中で咲かなければ直ぐに捨てられていただろう。寒さの中で長いこと放置され、
枯れてしまえば「商品」としての価値は無くなり、捨て去られる運命だっただろう。
花の心は少しずつ動き始めます。

「お前は今まで人間に商品としてしか扱われず、酷い扱いを受けてきた。
 見捨てる事ぐらいは、どうって事ないさ。それより俺について来い。幸せにしてやるぞ」


【第3部 沈黙の天使】
沈黙の後、小さな白い花が答えを出そうとしたその時です。さっきとは違う光が現れました。

「うわ!なんだ、こりゃ!」

悪魔は強い光のために悶え苦しんでいます。

「お久しぶりね」

その光は言いました。

「気をつけなさい。その悪魔は、あなたを造花にしようとしています」

白い花は聞きました。

「あなたは誰?」

光は言いました。

「あなたがハウスから出荷される数日前に捨てられたシクラメンです」
「あっ!あなたが、あの時の花なの?」

シクラメンは言いました。

「よく聞いて、今あなたは大切な人を裏切ろうとしています。造花は確かに枯れることはありません。
 いつまでも美しい姿でいられます。しかし枯れない花の美しさは本物ではありません。
 それは、見せかけだけの美しさだからです。あなたには本当の美しさがあります。
 それは、けなげに一生懸命に生きているからこそ美しいのです。
 何より大切なのは、見かけの美しさではなく心の美しさです。
 私は花として生まれ、他の花のように美しく咲くこともなく捨てられてしまいました。
 すごく悲しい思いもしましたが、短い一生を一生懸命に生きた事を今は誇りに思っています」

それを聞いた、小さな白い花は

『はっ!』

と気が付きました。そして悪魔に向かってきっぱりと言いました。

「私は、あなたの言うことなど聞きません。私と一緒に滅びなさい」

悪魔は、ようやく強い光に慣れると、こう言いました。

「馬鹿なヤツ。ならばお前から先に滅ぼしてやる」

その時です。さっき現れた神が再び現れました。

「うっ、しまった!もう朝か」

悪魔は慌てています。神は小さな白い花に言いました。

「よく悪魔の誘惑を振り払いましたね」

そして、悪魔に向かって言いました。

「さあ悪魔よ、私の元へ来なさい」

悪魔を強い光がおおいます。小さな白い花は言いました。

「私、今なら分かります。誰にも見てもらえず、ほめられもせず、それでも一生懸命に生きるから美しいと言うことを」

花は若者を見てつぶやきました。

「本当にありがとう。短い間でしたが、とても幸せでした」

悪魔は必死になってもがきます。

「た、助けて。ぐあっ!体が…うわぁ」

大きな断末魔を残し、小さな白い花とともに消えてしまいました。

 それから数時間後、太陽が高く昇り、部屋に朝のすがすがしい光が差しています。若者は起き上がりました。

「おや?体が凄く軽くなった」

大きく伸びをした後、立ち上がりました。そして部屋の隅に目をやると、
そこには、花びらが散り枯れてしまった小さな白い花がありました。

 数日後、若者は夢を見ました。それは、天国で小さな白い花が、美しく咲いている夢でした。
白い花は、どの花よりも美しく、暖かな太陽の光を受けてキラキラ輝いていました



▲▲▲▲ 2014125日 完結 ▲▲▲▲