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作品名:天国から来た音楽隊(第1章)
シリーズ:エンジェルシリーズ (第1部)

原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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 昔々の中央ヨーロッパ。美しい山々にかこまれたルーセント連邦の首都ルベール市の郊外。
月明かりの下、誰もいない丘の上にブロンドの髪をした美しい少女が立っていました。
手には竪琴を持ち、髪に赤いリボンを付けています。
彼女は月明かりを見つめながら天才音楽家であり音楽の詩人と言われた父の言葉を思い出していました。

『音楽とは人々の魂を癒すという生き甲斐である。そしてそれは誰でもない、自分自身の為である』

彼女は風になびく髪にそっと手を伸ばし赤いリボンにふれました。

「お父様、ありがとう」

春の風が吹きぬけ丘の上の花びらが舞いました。


 1年前―。ルーセント連邦の中央に小さな町がありました。
町の名はル・コンチェルト。赤い煉瓦造りの家が並び広い草原には山羊や羊が放牧されていました。
この小さな町に天才音楽家の血を受けつぐ3人の子供達がいました。
一番上の姉はソプラノ・フランチェル次女はアルト・フランチェルそして末っ子の男の子はベース・フランチェル。
3人はいつか父、エルスナーのような音楽家になりたいと考えていました。
ところが数年前のある日、エルスナーは肺結核を患い死んでしまったのです。
父の収入が途絶えた後、家はひどく貧しくなりました。

 まだ外に雪が残っている3月のある日の事。

「ソプラノ、早くシャツを仕上げておくれ。お仕事しないと今月も薪を買うお金すらないのよ。
 本当に頭が痛いわ」

「わかっています。私も急いでやっているのよ。あ!痛!…針で指を刺した」
「ソプラノは音楽の事ばかり考えて居るからケガをするのよ」

暖炉の側で残り少ない薪を見ながら

『ソプラノ姉さん、大変だな。早く私も大きくなってお手伝いをしたいけど、弟の世話ばかりでごめんね』

アルトは姉の大変そうな様子にため息をつきました。

「お友達がいないし、寂しいな、ぐす」

アルトが声のする方に顔を向けると弟のベースが父親の残した楽譜を眺めてグズグズと泣いています。

『またか、ベースはぐずってばかり』

アルトはやれやれと言うような顔で弟を見ていましたが何を思ったのか倉庫に行くと父が好きだったオカリナを持って来ました。
ベースはオカリナを見ると

「アルト姉ちゃん…それお父さんのだよね?」
「そうよ、これはオカリナっていうの」

アルトは持って来たオカリナを吹いて見せました。ピ~。
高く澄んだ音が響きます。オカリナの奏でる美しい音色にソプラノはうっとりしています。

「アルト姉ちゃん…あの…その」
「ん? なーに?」
「ぼ…ぼくも、それ吹いてみたい」

アルトは笑いながら、オカリナを渡しました

「はい。壊しちゃだめよ」

ベースがオカリナを吹くと部屋が静まりかえりましました。
ベースの奏でるオカリナは、まるで踊り出したくなるほど楽しい音色だったのです。
ソプラノも驚いて裁縫をやめて口をあけたままみています。

「ベース…オカリナを、いつ、練習したの?」

アルトが聞きました。ベースはもじもじしながら

「お父さんの演奏するところを見ていただけだよ」
「……」

みんな驚いた顔でベースを見ました。

「お父様が亡くなって、もう随分たつのよ…確かベースが4歳の時に死んだのに覚えているの?」

ベースは下を向いたまま黙っています。ソプラノは甲高い声で

「もう! ベースは聞いているの?」
「す、少し覚えていただけだよ。あ…あんまり、大きな声ださないで。お部屋があつくなるしから」

ソプラノはさらに甲高い声で

「外ではまだ雪が残っているのよ!部屋があつくなるはず、ないでしょ!」

ベースは床に座り黙ってしまいました。ソプラノはため息をつき

「お父様は、いろんな楽器を弾いたり楽しい曲をいっぱい作ってくれたわね」

そう言うと縫いかけのシャツを持ったまま

「お父様の曲は本当によかったなあ。明るくて楽しくて…私も歌や楽器を演奏してみたいな」
「この縫物が終わってからね」

母は言いました。ソプラノは手を動かしながら

「…お父様に赤いリボンを買ってもらいたかったな」

小さな声でつぶやきました。


その日から、思いついたようにソプラノは竪琴を片手に歌の練習を始めました。
ソプラノの歌声は天使が歌っているような高く澄んだ声でした。
夜遅くまで、庭ではソプラノの弾く竪琴と高い音が寝室まで聞こえてきます。ベースは、

「ソプラノ姉ちゃん、あんなに高い音を出してのどが痛くならないのかな?」
「この頃すごく歌がうまくなったし、竪琴の音もきれいになったわね。私も歌や楽器を練習してみようかな」

母は眠そうに

「お願いだからソプラノみたいに毎晩、高い声、出さないでおくれ。明日も仕事なんだから早く寝なさい」
「ソプラノ姉ちゃんは、どうしてあんなに高い音を出せるんだろう」

母は、

「しょうがないわよ。あの子は名前のごとくソプラノなんだから」

美しい歌声とともに夜が更けていきました。
翌朝、ガラーン、ゴローン。教会の鐘の音が聞こえてきます。アルトは耳を澄ましながら

「この鐘の音は誰かの結婚式ね」

ソプラノは目を輝かせ結婚式の様子を思い浮かべました。

「真っ白な教会に赤い絨毯。そして十字架の前で永遠の愛を誓う。
 みんなから笑顔で祝福される……。本当に素敵だわ。ねえ、お母様。結婚式を少し覗いてきても良いかしら。
 オルガンやバイオリンの音が聞いてみたいの」

母はため息をつきながら、

「少しだけよ。沢山お仕事が残っているから」
「わかっているわ」

ソプラノはアルトとベースの方を見ると

「ねえ、2人とも教会に出かけてみない?」
「楽しそうだから行こうかな」
「アルト姉ちゃんと一緒なら、ついて行く」
「よし決まり、ちょっとだけ教会を覗いてこよう」

3人は石畳の脇に雪が残っている通りを歩いて行きました。ブドウ畑の間をぬけ教会を目指して歩いていきます。
 しばらく歩くと、白い鐘塔が見えてきました。鐘は相変わらず祝福の時を刻んでいます。
白い煉瓦につまれた教会からはオルガンの音が聴こえてきます。しばらくすると教会から新郎と新婦が出てきました。
ベースは黙って2人を見つめていましたが

「僕のオカリナで、お祝いをしてあげよう」

こっそりとポケットからオカリナを取り出しました。そして父が作曲したワルツを演奏しました。
それはとても美しい曲でした。教会を出てきた新郎と新婦をはじめ、
周りの人たちは幼い男の子が吹くオカリナの演奏に驚きました。

「オカリナの上手い男の子ね」
「まるで絵本から出てきたような男の子だ」

みんな驚き3人に近づいてきます。ベースは下を向いて一生懸命吹いていましたが
やがて周りに多くの大人達が集まってきたのに気がつくと顔を赤くしてアルトの後ろに隠れてしまいました。

「凄い。音楽の神童だ」

パチパチ。ベースのオカリナを聴いていた大人達は拍手喝采。
その日、3人は結婚記念に、いっぱい花をもらうことが出来たのでした。

 帰り道。ソプラノは

「みんなに聴いてもらえて気持ちよかったね、ベース。貴方は本当に音楽の天才ね」

アルトは、

「ベースって凄い才能を持っているのかも知れないわ。楽器なら、なんでも弾けちゃうね」
「僕も、こんなに聴いてもらえるとは思わなかった」

ベースは下を向きモジモジしながら歩いていました。アルトは、ふと気がついたかのように。

「ねえソプラノ姉さん。父も世間で知られた音楽家だったし私たちも演奏会で成功、出来るんじゃないかしら?」

ベースはドキっとしたように

「ぼ、僕、人前だと上手く演奏が出来ないよ」

ソプラノは笑いながら

「演奏会は良い考えかもね。ベース、今日の演奏会は大成功だったでしょ?
 ベースは、私私たち3人の中でも一番演奏が上手いのよ。だから大丈夫よ。
 私の取り柄は歌ぐらいだけど、うまくいくかな」

アルトは思いついたように、

「ねえ、ソプラノ姉さん。来月はイエス様のイースターでしょ?
 教会に大勢の人が集まるから。そこで私たちも楽器や歌を発表してみましょうよ?」

「あの様子だと、きっとうまくいきそうな気がするわ」

ベースは下を向いたまま、

「僕、大勢の人前じゃ、上手く演奏できないよ」

アルトは笑ってベースの手を取り

「人はね、段々といろんな物をもらって大きくなっていくのよ。才能のあるベースだからみんなからきっと認められるわよ」

それを聞いたベースは少し笑顔になりました。

「お父様の残した曲で練習しようか?」

アルトはベースの手を取ると

「ベース、貴方ならきっと成功するわよ、3人でやってみよう」
「う…うん。アルト姉ちゃんがそう言うなら、なんとかなるかな」

3人はゆっくりと、石畳の道を帰りました。


家に帰ると郵便受けに手紙が入っていました。手紙の宛名には(父より)と書かれています。
アルトは首をかしげて


「ねえ、ソプラノ姉さん。死んだはずのお父様から手紙がきているよ」

ソプラノは驚いて手紙を受け取りました。

「ううん。私は何もしていないわ。ベースは?」
「ぼ、僕、手紙を書くのが苦手」

3人は不思議に思い手紙を開けてみました。手紙にはは

「おまえ達の歌や演奏はすばらしい。おまえ達はかならず多くの人々から受け入れられるだろう。
 ルベール市に行き演奏会を開きなさい、きっと素敵な何かが待っているから」

3人は不思議そうに亡き父からの手紙をいつまでも見つめていました。ソプラノは、

「死んだはずのお父様から手紙が来ている。誰が手紙を出したんだろう」

 その日から3人は毎晩、演奏や歌の練習をしました。
3人は父の才能を受け継いでおり、驚くほど歌や演奏が上達していきました。

ソプラノは歌と竪琴を、アルトはフルートをベースはバイオリンとオカリナを練習しました。
母もその頃には子供達が音楽の才能を父から受け継いでいる事に気づき始め何も言わずに演奏を眺めていました。
そして4月中旬。イースターの日がやってきたのです。ブドウ畑を通り、赤煉瓦の家の間をぬけ、教会の前につきました。
ガランゴロン。鐘の音が3人を祝福するかのように鳴り響いています。

イースターが行われ教会の中は満員で聖歌とオルガンの音色が響いています。
ソプラノは美しい歌声に心を奪われたように聞き惚れています。

「素晴らしい歌声ね」

しばらくするとイースターが終わったのか教会の中が騒がしくなりました。
教会の中から大勢の人が次々と人が出てきます。ベースは緊張の為、顔を赤くしながら

「がんばれ、僕」

自分に言うと演奏をはじめました。続いてソプラノが竪琴を弾きながら歌い始めアルトも2人に続きます。
教会から出てきた人達はみな驚きました。美しい2人の姉と幼い弟の3人がまるで音楽の天使のように見えたのです。
楽器の素晴らしい音色と美しい歌声は大勢の人達の感動を呼びました。演奏が終わるとみんな驚きと優しいまなざしで3人を見ていました。
ソプラノとアルトはうれしくて思わず顔がほころび、ベースは黙って下を向いていました。
後ろの方で司祭さんが3人の演奏を聴いていました。

「素晴らしい演奏だったよ。まるで天使が演奏しているようだった」

そう言いながら司祭は3人の前に歩み寄り

「はい。これはお菓子だよ。家に帰って仲良く食べなさい」

ニコニコしながらポケットにお菓子を詰めてくれました。近くにいた若い女性は

「まあ!まるで絵本から飛び出したかのような演奏家さんね。はいこれをどうぞ」

そして50ジュリーものお金をポケットに入れてくれました。
ほかの人達も素晴らしい演奏に拍手したり、握手を求めてくる人もいました。
こうして3人の演奏会は大成功に終わったのです。

「今日は、本当に気持ちがよかった」

アルトは、

「みんなに聞いてもらえてよかった。もしかした私たち、音楽で成功できるかも」

ベースは小声で

「ぼ……ぼく、楽譜を読めないぐらい緊張した。つかれた」
「ベースたら、ボソボソと何を言っているの。大成功だったでしょ」

3人は笑って家に帰りました。


 それから、シャツを縫う仕事が減りますます家計が苦しくなってしまったのです。
アルトはぼんやりと窓の外を眺めて言いました。

「金持ちってうらやましいな。学校にも通えるし、音楽の勉強だって出来る。私も学校に通ってみたい」

外では男の子がブドウ畑の道を歩いて通学する様子がみえました。

「音楽の勉強が出来るっていいな」

アルトは小声でつぶやきました。母はアルトの様子を見ながら、だまって下を向いていました。
アルトは、ふと亡き父からもらった手紙が頭に浮かびました。


「ねえ、お母様。私たち演奏会を開いて金を集める事出来ないかしら?」
「そんなこと無理よ。音楽で成功するなんて本当に大変な事なんだから」

それを聞いたソプラノはしばらく考え込んでいましたが、

「お母様、数ヶ月で良いからお父様が生前活躍していたルベール市に行ってみたいの。
 ルベール市なら都会だし、そこで演奏会を開いて、みんなに聞いてもらいたいの。
 ルベール市なら…もしかしたら、認められて、成功するかもしれない」

母はため息をつきながら

「でも、そうなることは本当に大変な事なのよ」

その時です。リンゴーンと玄関の呼び鈴が鳴りました

「おはようございます。山羊のミルクをお届けに上がりました」

母は驚いたように

「私たち、そんなたいそうなもの頼んでおりません」
「私の親方がここの子供達の演奏を聴いて深く感動したそうです。
 それで我々に何か出来ないかと考えミルクを持って参りました」

驚いている母の側で、ソプラノは、

「私たちの歌を聴いて下さったんですね。ありがとうございます。
 私たちは貧しくてお金がありません。代わりに私が歌を歌わせていただきます」

そう言うとソプラノは美しい歌声を披露しました。山羊のミルク屋は、黙って聞きほれていましたが

「素晴らしい歌声だ。こんな美しい歌声を聞いたのだからミルクを届けに行くように言われた親方の気持ちがわかるな」

そう言うと山羊のミルクを置いて帰っていきました。母は3人を見ながら

「本当に3人とも音楽が好きなのね。きっとお父様の血を受け継いでいるのね」
「ねえ、ソプラノ姉さん、3人で小さな音楽団を作ってお父様が活躍したルベール市を目指しましょうよ」

ベースは部屋の隅で小さくなっています。

「そ、そんな事はずかしくて僕にはできないよ。お母さんと別れるのも寂しいし」

アルトはベースの方を向くと

「大丈夫よ。ベースならきっと上手くやれるはず。
 楽器を弾くのが一番上手なんだから…お父様は優しい方だったからきっとベースを守ってくださるわ」

母はあきらめたように、

「辛いことがあったらすぐに帰っておいで。
 貴方たちは私の大切な子供達だから。音楽で成功するのは本当に大切な事だけど、
 貴方たちを見ていると何か出来そうな気がするわ」

ソプラノは母の手を取り、

「お手伝いが出来なくてごめんなさい。時々居、手紙を出します」


 それから1ヶ月後。すっかり雪が溶け、草原には花が咲きまるで3人の出発を祝福しているかのようでした。
ある日の事、3人は楽器と亡き父から届いた手紙を詰め連邦の首都ルベール市を目指しました。
母は生活が苦しいなか3人の子供達の為にも旅費を用意してくれました。

「少ないけど、持って行きなさい」

そう言うとソプラノにお金を渡しました。

「お父様のようにうまくいくかどうか、わかりませんが頑張ります。どうかお母様も体を大切にしてください」
「辛いことがあったらすぐに帰っていらっしゃい」

母はそう言って見送りました。

「それじゃあ、行ってきます」

3人は元気よくブドウ畑の横を抜け、石造りの道を歩いて消えていきました。
母は寂しそうに、いつまでも3人の後ろ姿を見送っていました。子供達の見えなくなると青空に向かって

「貴方。どうかあの子達を守ってあげてください」

母はいつまでも、天にいる父に祈りを捧げていました。



▲▲▲▲ 2014年2月12日 次回に続く ▲▲▲▲