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作品名:天国から来た音楽隊(第2章)
シリーズ:エンジェルシリーズ(第2部)
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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首都のルベール市へ行くには途中、標高の高い町を通らなければなければなりません。
最初に目指すエンジェル・マットアルプ。周りは高い山に囲まれ夏は登山客で賑わいます。
この町は親切な人々が多く住む町でした。標高が高く空気もすんでいる事から、天国に近い町と人々から言われている町です。
3人はこの天国に近い町を目指し白く切り立った岩山に沿って作られた道を歩いて行きます。
道ばたに旅人を待っているかのようにエーデルワイスが咲き乱れていました。ソプラノは美しい空と澄んだ空気に鼻歌を歌いながら

「さあエンジェルを抜けてルベールへ行こう。きっと良いことがあるわ」

1人でどんどん歩いて行きます。その後をゆっくりとアルトとベースがついて行きました。
ベースは足取りの軽いソプラノ姉さんの後ろ姿を見ながら

『ソプラノ姉ちゃんは、いつも元気だな。大勢の人に注目を浴びる事が好きだし音楽に対する情熱も凄い』

ソプラノが後ろを振り返るとベースは坂道をヨロヨロと登ってきます。

「ベース、早く行くわよ。グズグズしないの」

そう言うとまた1人で歩き出しました。

『どうしてベースは、男の子なのにあんなに暗くて弱虫で閉じこもってばかり居るのだろう。
 低い声でボソボソ話すし注目を浴びると顔を赤くしちゃう…』

アルトはそんな姉と弟の様子を見ながら

『ソプラノ姉さんはもっと弟を大切にしてあげないと。
 それにベースは暗くて目立つのが苦手な性格何とかならないのかしら』

ベースはジーとアルトとソプラノの背中を眺めて

「僕はどうして、大人になるんだろ。どうして大きくなっていくんだろう。
 お姉ちゃん元気だよな。僕もあんなお姉ちゃんみたいに立派になれるかな」

1人でポツンとつぶやきました。3人が汗を拭き上り坂を歩いていると

「どうしたんだい?こんな高い所を子供達だけで…」

振り返ると馬車に乗り優しそうな顔をした若いお百姓さんが3人を見ていました。ソプラノが、

「これから私たちエンジェル・マットアルプを抜けてルベール市に行きたいんです」

3人が事情を話すと、お百姓さんは

「なるほど。私も農作物を買うのにエンジェル・マットアルプまで行くつもりだ。
 ここからエンジェルまで歩いたら日が変わってしまうよ。良かったら馬車に乗っていかないかい?」

 3人はお礼を言うと馬車に乗り込みました。
敷いてある麦わらに倒れ込むと、荷馬車がゆれパカパカと馬の蹄の音が聞こえてきます。
白い岩肌の崖を抜けカタカタと揺られながら森の中を進んでいきます。
馬の蹄の音、鳥のさえずり、谷から流れる水の音。これから先、何かが待っているのか、
期待と不安の入り交じった気持ちの旅立ち3人をいろんな音が包んでくれます。
馬車に揺られるうちに3人はぐっすりと眠りこんでしまいました。
日が沈みかけた頃、ようやくエンジェル・マットアルプの町が見えてきました。お百姓さんが、

「お待たせ、エンジェル・マットアルプについたよ。みんなゆっくりと寝たかな?」

笑いながら3人を起こしてくれました。3人は疲れがとれたように起き上がりお百姓さんにお礼をいいました。ソプラノは、

「馬車に乗せてくださり、ありがとうございました。
 お礼に何も出来ないのですが…私たちは音楽隊を目指しているので演奏をさせてください」

「それはうれしい。是非ともきかせておくれ」

お百姓さんはニコニコしながら言いました。3人は楽しい曲や歌を次々と演奏しました。
お百姓さんは、うれしそうに聞いていましたが、

「君達の奏でる音楽はまるで生きているようだ。踊り出したくなったよ。
 素晴らしい!とても楽しかった。君達ならきっと成功するよ」

そう言って3人の手を握ってくれました。

「それじゃあ気をつけてルベール市に向かいなさい」

お百姓さんは馬車を走らせ、姿が小さくなっていきました。3人にはお百姓さんの手のぬくもりがいつまでも残っていました。


 すっかり暗くなったエンジェル・マットアルプの町中を3人は歩いて行きます。ベースは不安になり

「ア…アルト姉ちゃん。僕たちこれからどこへいくの?」

その時、ゴロゴロと雷がなり出し冷たい雨が降り始めました。
3人は赤煉瓦で作られた家々をかけぬけ町の広場に着くと目の前に大きな教会が見えました。

「ソプラノ姉さん。大きな教会が見えるわ」
「あの教会で一休みさせてもらいましょう」

3人が駆け足で教会の前にたどりつくと、大きな門があります。

「さあ入りましょう」

ギィー、ゆっくりと木製の扉をあけると中にはいりました。赤い絨毯がひかれ奥には十字架が掲げられています。

「今日は、色んな事がありました。荷馬車に乗せてもらったり、教会で休ませてもらったり…本当にありがとうございます」

3人は十字架に手を合わせた後、長いすの上で横になりました。ベースは美しいステンドグラスを眺めながら

「夜の教会か…オバケが…出ないかな」

ソプラノは甲高い声で、

「もう、教会は神様や天使様が降りてくる神聖な場所なのに、なんて事を言っているの」
「ご、ごめんなさい」

アルトはベースの手を握り

「今日は疲れたし何も考えずゆっくり休みましょう」
「うん。わかった」

ザアー。雨音が静かな教会に響きます。雨の降る音に耳を澄ませているうちに疲れ切っていたのかそのまま眠ってしまいました。
3人がぐっすり眠り込んでいた真夜中の事。ギィー。扉の開く音がして誰かが教会の中に入って来ました。
コトコト…赤い絨毯の上を歩いて来ると3人が寝ている長いすの前で止まりました。そしてソプラノの肩を優しく揺すりました。
ソプラノがうっすらと目を開けると目の前に誰かが立っています。よく見るとそれは父、エルスナーでした。ソプラノは驚いて、

「お、お父様」

かすれた声で言いました。父親はソプラノのほおを優しくなでました。

「どうして、死んだはずのお父様がここにいるの?」
「お前達の幸せを願ってここに来たんだよ。私からの手紙を受け取ってくれてありがとう」

ソプラノは不思議そうに

「あの、手紙は、本当にお父様が…くれたのですか?」

父は代わる代わる3人を見つめると

「ソプラノの声が天国まで届いたんだよ。高く美しい歌声だったからね。
 おまえ達はすばらしい才能を持っている。だからこそおまえ達には成功してほしいと思い天国から手紙を書いたんだ」

ソプラノは驚いて、

「お父様のような立派な音楽家を目指してルベール市に行こうと思っています。
 いつか私たちもお父様のようにな演奏家になれるでしょうか?」

父は静かに笑いながら

「お前達3人が仲良く協力しあったなら必ず道は開けるだろう。
 お前達は優しさの魔法を使う天国から来た音楽隊のようなものだからね」

ソプラノはあまりの出来事に涙を浮かべながら、

「お父様の曲は明るくて楽しい曲ばかりです。
 どうしてお父様はそんなに素晴らしい曲を作る事が出来たのですか?」

「私が死んだあとも、お前達が私の曲を聴けば寂しくないだろうと。
 だから辛いことがあったら私の曲を演奏してごらん。きっと心が落ち着いて明るくなれるから」

「お父様、私はお父様の作った曲が大好きです。私たちもお父様のように人の心にしみ入るような、音楽家になりたいと思っています。
 お父様、音楽って何ですか?」

「私にとって音楽とは人々の魂を癒すという生き甲斐であった。そしてそれは、誰のためでもない自分自身の為だった。
 私は傷ついている人々を音楽でいやしたかった。だから明るくてリズミカルな曲が多いのだよ」

そう言ってソプラノの手を取ると

「さあ、ソプラノ。お前が幼い頃から欲しがっていた赤いリボンだよ。
 この赤いリボンには妖精達の愛の魔法がかかっている。これをつけていれば私とお前達はいつもつながっている」

そう言うとソプラノの手に赤いリボンを握らせました。

「は!」

ソプラノは驚いて飛び起きました。

「夢、だったのか?」

いつの間にか雨は止みステンドグラスから月の光りが差し込んできています。
長いすの上をみると赤いリボンが輝いていました。ソプラノはリボンをそっと手に取ると十字架を見つめながら、

『私の歌声は天国に届いたのかもしれない』

1人ぼんやり教会の中を見回すと、ひときわ美しい絵が月明かりに照らし出されていきました。
その絵は白い衣装を着た天使が花を持ってほほえんでいる絵でした。

『こんな美しい絵は、はじめてだわ。本当の天使様のようだわ』

(愛の女神、アルベルト・クリスチャン作)
ソプラノはその美しい絵をいつまでも見つめていました。どのぐらい時がたったでしょうか?
気がつくと朝日が差し込んできていました。ベースとアルトが朝日を浴びてまぶしそうな顔で起き上がりました。

「姉さん?」

声をかけられたソプラノは驚いたような顔でアルトを見ました。アルトは目を赤くしたソプラノを見て、

「どうしたの?姉さん、ずっと起きていたの?」
「昨夜、お父様が私の所にやって来たの。そして天国から妖精が織ったというリボンを置てってくれた」

ソプラノは昨日の夢の様な出来事を2人に話しました。アルトとベースは驚いたような顔で聴いていましたが

「お父様は土の中に居ないのかもしれない。お父様は心の癒しだから、
 そのリボンや天国からの手紙のようにお姉さんのすぐ側にいるような気がする」

その時、ギイー、早朝から教会の扉が開く音がしました。そして髭を生やした男の人が入って来ました。
男の人は絵画(愛の女神)の前に立ち止まると、しばらく絵を見つめていました。そして3人に、

「こんなに朝早くから教会に来て…どうしたのかな?」

アルトは

「私たち、3人は兄弟なんです。昨夜、雨宿りに教会を使わせてもらいました。
朝になって気がついたらこの素晴らしい絵が飾ってあったんです。まるで天使が降りてきたかのような素晴らしい絵ですね」

男はうれしそうに笑うと、

「そうか…君達もきっと天国からの言葉がわかるほど美しい心の持ち主なんだろうね」

そう言って絵を指さし

「この愛の女神を描いたアルベルトとは私の事だよ」
「ほ、本当ですか?」

3人は驚いてアルベルトを見つめました。

「昨晩から教会に子供達だけで来るとは、何かあったのかい?」

ソプラノは偉大な音楽家の父、エルスナーの事を話しました。
そして今は父親を失い仕事も殆ど無く生活が苦しいこと。
自分達も父のように音楽家になりたくてルベール市を目指して旅を続けている事を話しました。
アルベルトは黙って聞いていましたが

「そうか、まるで若い頃の自分のようだな」

そうつぶやくと

「それは大変だったね。私の家に来なさい朝食を用意してあげるから」

そう言って3人の手を握りました。


日が完全に昇った頃、3人はアルベルトの家についていました。

「さあ、ここが私の家だ。ゆっくりしていきなさい」

3人が食堂に座るとパンとチーズ入りのスープを出してくれました。

「昨日は雨で寒かったし疲れただろう」

アルベルトは優しい目で3人を見ました。ソプラノは

「見ず知らずの私たちにごちそうをしてくださってありがとうございます。
 なんてお礼をいったら良いか…」

アルベルトはニコニコしながら、

「服も濡れているようだ食事が終わったら、熱湯消毒をしておこう。ヨハンナ」

アルベルトが言うと召使いのヨハンナが慌ただしそうに出てきました。

「ご主人様、なんでしょうか?」
「ヨハンナ、この子達の服を消毒してあげてくれないか?」

3人は清潔な洋服に着替え着ていた服を消毒してもらう事にしました。アルベルトは、

「今、服を消毒するのに時間がかかる出発は明日にしたらどうだい?今日はゆっくりしていきなさい」

 夜になり、食堂ではアルベルトと3人の子供達の会話が続きます。

「アルベルト先生は素晴らしい絵描きさんなんですね。先生にとって芸術とは何でしょうか?」

アルベルトはテーブルの上のエーデルワイスを寂しそうに見つめながら

「芸術家になりたいなら、金儲けを考えるのではなく無償の愛で人々を癒し、
 人を残すという事を考えなさい。必ず人々に認めてもらえるから」

ソプラノは、

「でも、アルベルト先生や、私の父のような芸術家になるって本当に難しい事です」
「芸術に人々が感動するかどうかは芸術家が苦労した量に比例する。
 芸術家は人々の幸せの為にいるのだから人々を幸せにしたいという情熱をもった芸術家になりなさい。
 情熱は不安を忘れさせてくれるものだ」

アルトは、

「アルベルト先生は長い間、絵を描いていらっしゃるという事ですが、何か辛いことはありませんでしたか?」
「芸術を求め続ける事はやさしい事ではない、くじけそうになる事もたくさんあった。
 自信を失ったり、失敗して自分が嫌になることもあった。しかし…」

アルベルトはため息をつきながら、

「自分が嫌になったら、良いことをした自分をほめてあげなさい。
 例え、努力して報われなくても、お金にはならなくても、人々に喜んでもらえたらそれはそれでうれしい事。
 なぜならそれは、優しさという天国からの贈り物を受け取っているようなものだから。
 天国からの贈り物は心のよりどころとなりお金のように簡単に消えてしまうこともないんだよ。私は若い頃、天使にそう教わったんだ」

3人は不思議そうにアルベルトを見つめていました。
ソプラノはアルベルトの話を聞きながら昨夜、父からもらった魔法のリボンを思い出しながら

「天国からの贈り物か…なんとなくわかるような気がする」

 翌朝、3人は綺麗に洗われた服に着替えるとルベール市を目指すべく支度をしました。


「アルベルト先生。お世話になりありがとうございました」

アルベルトは

「何か辛いことがあったら手紙で知らせなさい。私に出来る事があったならなんでもしてあげよう」

「アルベルト先生。あの…よろしければお礼に私たちの演奏を聴いてください」

アルベルトはうれしそうに、

「それはうれしい、是非きかせておくれ」

3人の奏でる音楽は美しくアルベルトの心に響きました。演奏が終わるとアルベルトは感動したように、

「なんて素敵な演奏家さん達だ。君達ならきっと人々を幸せにする事ができるだろう」

そう言って1000ジュリー金貨をアルトのポケットに入れてくれました。

「こ、こんな大金。頂けません」
「いいんだよ。持って行きなさい。私も若い頃苦労の連続だった。
 でも天使が無償の愛で私を支えてくれたんだ。君達ならこのお金を正しいことに使うだろう」

アルベルトは優しく3人の頭をなでました。3人はお礼を言うとアルベルトと別れ父が活躍していたルベール市を目指しました。
歩きながらアルトは、

「私たちはお金よりも大切ななにかをもらったみたいだ」

ソプラノはうなずくとリボンにふれました。

「お父様が守ってくれているみたい」

エンジェル・マットアルプを後にした3人は希望を胸にルベール市を目指しました。



▲▲▲▲ 2014年2月15日次回に続く ▲▲▲▲