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作品名:天国から来た音楽隊(第3章)
シリーズ:エンジェルシリーズ(第3部)
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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アルベルトと別れた3人は、ルベール市を目指し歩き続けました。
白い岩肌の谷を抜け、森を通り、花畑の中の風車を横切り、春の風が舞う道を歩き続けました。
3人は小屋や風車の中へ入れてもらったり風車の中で眠ったり野宿をしながらルベール市を目指しました。
歩き続けて1週間。ついにルーセント連邦の首都ルベール市にやってきたのです。


「ルベール市の看板が見えたわ、ベース、足は大丈夫?」
「う、うん、ちょっと痛いけど歩ける」

ルベール市に入ると大きな公園が見えました。3人は、公園の噴水の前でベンチに腰をかけました。

「お父様の活躍していた町へやっと着いたわ」
「こんなに遠いとは思わなかったね」
「お母さん元気にしているといいな」

3人が空をあおぐと青い鳥が飛んでいました。しばらく休んだあと、ソプラノが

「ここで演奏会を開いてみようか?」

そう言って楽器を取り出しました。3人の準備がととのうと演奏を始めました。



 ソプラノは歌をアルトとベースはフルートとオカリナを吹きました。
しばらくすると素晴らしい演奏に多くの人々が集まってきました。3人の演奏と歌声は楽しく軽やかで公園の中が舞踏会のようでした。
集まった人々の中には踊り出す人もいます。演奏が終わると人々は3人に惜しみなく拍手喝采しました。


「どこから来た音楽隊かな?」
「こんな素晴らしい音楽が聴けて本当に幸せ」

人々は3人に握手を求め、袋の中へ小銭を入れてくれました。

『ルベール市に来て初めての演奏会で緊張したけどうまくいってよかったわね』

日が沈みかけ3人が楽器の後片付けをしていると、みすぼらしい格好の少年がこちらをジッと見ています。
アルトは不思議に思い少年に声をかけました。


「今日の演奏会はこれでおしまいです。また明日、天気がよかったらここで演奏会を開きます」

すると少年は
「死んだ、お母さんにも聴かせてあげたかったな」

ソプラノは驚いたように
「貴方は、お母様は亡くなったの?」

少年はうつむいて
「母は僕が幼い頃に死んじゃったんだ、今はひとり暮らしです。あなた達の明るい曲を聴いていると心が慰められる」

そう言うと少年はポケットからガラス玉を取り出しました。
「本当に素晴らしい演奏だった。僕には何もあげる物がないけど、はい、これ」

少年はガラス玉を差しだすと
「昔、母に買ってもらったものです。僕は貧乏で、メルデル伯爵様の使用人だけどまだまだ下端。
 お金もないし、こんなものでよかったら受け取ってください」


ソプラノはハッとしたように髪につけた魔法のリボンにふれました。
『人々に愛を与え続けるのが芸術家だ』
というアルベルト先生の声がどこからともなく聞こえてきたのです。
「お母様の大切な形見なんか頂けません。私たちの演奏会で貴方が幸せになってくれたらそれでいいのです。
 それが私たちへの一番の報酬だから」


少年は驚いたように
「ありがとうございます。あなた方みたいな演奏家が成功する事を心からお祈りしています」
アルトは少年を見つめていましたが
「貴方、名前は?」
「僕はティム。しがない使用人です。
 今日は素晴らしい演奏を聴かせてくださって本当にありがとうございました」

「演奏を聞いてくれてありがとう。私たちも成功したらいつか貴方の屋敷に伺わせてもらいます」

ティムは深くお辞儀をすると夕日の中へ消えていきました。


 その後も3人は晴れた日に公園に行き演奏会を続けました。
3人は無名であるため、あまりお金にはなりませんでしたが、ルベール市では口づてに3人の音楽隊の噂が少しずつ広まっていきました。
そして日に日にお客さんが増え、音楽サロンに出席する日も増えてきました。
ある晩の日の事、公園で演奏会を行った後、3人は夕日の差す道を歩きながら


「少しずつだけどお金も貯まってきたし、もしかしたら私たち音楽家として成功するかもしれないわね」

その時、お金を預かっていたアルトが大変な事に気づきました。
「しまった。ソプラノ姉さん、お金の入った袋を公園に置いて来ちゃった」
「ええ!あの袋には5000ジュリー以上の大金が入っていたのよ」

あわてて3人が広場に戻るとお金の入っていた袋が捨ててありました。中をのぞくと空っぽで1ジュリーすら入っていません。
「ああ。ソプラノ姉さん、ベースごめんなさい」

アルトは泣き出しました。ベースは、
「ぐす…お金を盗まれちゃった。お母さんごめんなさい」

深く落ち込んでいるベースとアルトを見てソプラノは、
「ほら、そんなに落ち込まないの。私たちはお金よりも大切な天国からの贈り物を沢山もらったでしょ。
 そして芸術は自分自身の為であり、お金じゃ無いこともわかったわ。演奏会を続けたらまた少しずつお金は貯まっていくわよ」


ソプラノは赤いリボンを見つめて静かにつぶやきました。
「そうですよね…お父様」

 その時です、ソプラノの耳元に空から父の声が聞こえてきました。
『私も幼い頃、苦しかったんだよ。でもお前達と同じように人々に支えられて生きてきたんだ。
 私は優しさの積み重ねが芸術であると信じている。お前達は幼いながらも人々に未来を残すという、1歩を踏み出した。
 小さな1歩だが偉大な1歩だ。天国から流れてくるような曲を人々に伝えようとしているお前達にきっと天は味方するだろう』


日が沈み薄暗くなった公園で3人はこれから先のことを考えていました。すると

「やあ、演奏会は順調にいっている?」

元気な男の子の声がしました。振り返ると、ティムと立派な紳士服に身をつつんだ大柄な男の人がたっていました。

「ティム、また来てくれたのね。一緒にいらっしゃる方はどちら様?」

ティムは頭をかきながら
「このお方は僕がお仕えしているメルデル伯爵様です。メルデル様は芸術、とりわけ音楽に深い理解をお持ちの方です。
 メルデル様、この方達が素晴らしい音楽を演奏される方達です」

ティムはメルデル伯爵に3人を紹介しました。伯爵はニコニコしながら
「君達が、すばらしい音楽隊のみなさんですね」

太く大きな声で言いました。ソプラノは
「はい、父エルスナー・フランチェルのような音楽家を目指して頑張っているのですが、うまくいきません。
 その上、今日はお金まで盗まれてしまって」

それを聞いた伯爵は驚き
「な、なに、君達あの天才音楽家エルスナー君の娘さん達か?」
「はい、私たちはエルスナー・フランチェルの子供です」

伯爵は目を輝かせて
「エルスナー君ならよく知っている。僕の別荘でよく演奏会を開いていたんだよ。
 君たち、ほんの少しでいいから演奏してもらえないか?」

「まあ嬉しい。伯爵様に聞いていただけるのですか?」

3人は緊張しながら楽器を用意し演奏の準備をしました。

「今までの演奏会で一番緊張する」

ベースは手が震えていました。準備が整うと、3人の演奏が始まりました。
演奏はとてもリズミカルな円舞曲でまるで歌い出したくなるような曲でした。
メルデル伯爵は目を閉じ耳をすましてじっと聴いていましたが演奏が終わるとゆっくりと目を開けました。
そして驚いたように

「さすがは有名なエルスナーのお子さん達だけの事はある。すばらしい」

伯爵は興奮しながら3人の手を取ると、

「3人とも、私の城に来てもらえないか?音楽の勉強をさせてあげよう」
「ほ、本当ですか?」
「君達には素晴らしい才能がある、私も音楽に理解があるつもりだから是非、来てほしい」
「は、はい。ありがとうございます」

3人はあまりの出来事に声が震えました。まるで夢をみているように伯爵を見つめていました。


その後、3人はメルデル伯爵の城に勤めながら立派な音楽の先生について指導を受けました。
そして音楽の才能をグングンと伸ばしまたたく間に名音楽家として成長したのです。
毎日、演奏会や作曲におわれ、3人の名はついにルーセント連邦に知れわたりました。
ある春の日の事、3人は花の咲き乱れるルベール市の郊外にある花畑で夜空を眺めていました。ソプラノは竪琴とリボンを手に夜空を眺めながら


『音楽とは人々の魂を癒すという生き甲斐である。そしてそれは誰でもない、自分自身の為である…かあ、お父様の言葉は本当だった』

ヒュー。温かい春の風が吹き丘の上の花びらが舞います。

「芸術家はパンで生きるのではなく人々の無償の愛を食べて生きているのかも知れない」

ベースはソプラノの顔をまじまじと見つめていましたが

「ソプラノ姉ちゃん。いったいどうしたの?」
「お父様の事を考えて居たの」

ベースは月光りを眺めながら

「僕たちは、音楽で成功したけど立派な大人になれるかな」

アルトは笑いながら

「人は愛や優しさをもらって大人に成長していくんだろうね。音楽とは人を残すという事だから。
 人々に感動を与えられるベースなら立派な大人になれるわよ」


そう言ってベースの頭をなでました。そのとき、アルベルト先生と母の優しい顔が思い浮かびました。

「そうだアルベルト先生とお母様にまだ報告の手紙を出していなかったわ」


数日後、母の元に1通の手紙が届きました。手紙には、
「私たちは優しさという天国からの贈り物で成功しました。
 これからはみんなに優しさを与えられる人間になっていこうと思います」


と書かれていました。母は、

「天国からの贈り物、か。神様、ありがとうございます」

外を眺めてつぶやきました。

 エンジェル・マットアルプでは、暖かい日差しの中でアルベルトがソプラノから届いた手紙を読んでいました。
手紙には3人の現在の様子について綴られておりメルデル伯爵の元で音楽家として活躍していると書かれていました。
アルベルトはその手紙をじっくりと読み終えるとエーデルワイスを見つめながら


「フローラ、君の教えは本当だったよ」

ポツリとつぶやきました。すると

『思いは叶うでしょう。努力する人間を神は裏切りません。必ず道は開けます』

アルベルトは誰かにささやかれたような気がして顔を上げました。窓から見える、大空には青い鳥が舞っていました。



▲▲▲▲ 2014年3月3日次回に続く ▲▲▲▲