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作品名:
天使たちのクリスマス
シリーズ:エンジェルシリーズ(第4部)
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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多くの名画を描き残した、ある美術家は言った。
「絵は手先で描くが、感動は魂で描くものである」

(アルベルト・クリスチャン)

昔々の中央ヨーロッパ。ルーセント連邦の北に位置する急峻な山系に囲まれた山間に小さな町がありました。
標高が高く空気が澄んでいることから、この小さな町は、天国に近い町と呼ばれ夏は登山客で賑わっていました。
この町は春になると何処からともなく絵描きが集まって来ます。
それは町で開かれている大きな絵画のコンクールに応募した人々が入選の結果を聞きとどけるため集うのでした。
この詰めかける群衆の合間から背伸びをして審査結果を聞く少年がいました。彼の名はアルベルト。
幼いころより絵を描くのが大好きで毎年、このコンクールに応募しては結果を聞き深いため息と同時に肩を落として家路につくのでした。
ガラーンゴローン。教会の鐘が鳴り、いよいよ審査の発表です。会場が静かになると、有名な画家である審査員が審査結果と講評を始めました.
「それでは発表します。今年の最優秀賞はフェルデナンド・クレーさんです」

それを聞いてアルベルトは一瞬、目の前が真っ暗になり、倒れそうになりました。
そして下を向いて呟きます。

「やっぱり、今年も駄目か」
そうつぶやくと、フラフラする足取りで会場を去りました。
帰る途中、美術品店を覗くと女性の裸体画が多く、展示されています。

「はあー」
彼は深い溜息をつくと店を出て家に着きました。そして部屋に入ると同時に崩れるようにベッドに倒れ込みました。
「僕が描きたいのは、お百姓さんの頑張る姿や美しい風景なんだ。僕は努力する人々の中に美しさを見出しているのに、
 誰もわかってもらえない」
アルベルトの目には涙が光っていました。


初夏の朝。アルベルトは花が咲き乱れている小高い丘の上から放牧された羊の群れとそれに群がる子供たちの絵を描いていました。
貧しいので絵の具が数種類しか買う事ができず思った色を中々出せずに悩んでいた時です。

「あら、素敵な絵ですね」
後ろから優しい声がしたので振り返ると、美しい髪の少女が立っていました。
少女は花のように優しい笑顔で見つめています。アルベルトは今迄に経験したことのない、不思議な感情に胸がドキドキしました。

「僕は無名な絵描きです。そんな事を言ってくれたのは君が初めてです」
ヒュー。丘の上に初夏のさわやかな風が吹き抜けていきます。多くの花びらが舞い、まるで花々がささやき合うように揺れました。
それ以来、2人は会話を交わすようになり、アルベルトとフローラは次第に惹かれあい仲良くなりました。

ある日の午後、アルベルトはフローラをモデルに絵を描いていました。
アルベルトが真剣になってスケッチする顔をフローラはじっと見つめています。

「フローラ、いつもスケッチのモデルになってくれてありがとう。絵の表現も少しずつ上達してきたし…。
 あとは、アルプス社製の筆と絵の具があれば、もう少し良い作品に仕上がるんだけど」

「筆と絵具が欲しいの?」
「うん、でも高くて今の僕にはとても買えない」

溜息をつくアルベルトを見てフローラは、

「アル君の絵は素敵だわ。だからいつかきっとコンテストで入選して絵が売れるようになるから。
 それまで希望を捨てないで頑張って」

「ありがとうフローラ。君が側にいてくれるとなぜか筆がすすむんだ」
アルベルトがそう言うとフローラは嬉しそうに微笑みました。静かに幸せの時が流れていきました。


 ある夏の日。星がダイヤのように輝く美しい夜、アルベルトとフローラは星座を眺めていました。アルベルトはフローラを見つめて
「フローラは夜空が大好きなんだね。どうして、いつも星を眺めているの?」
アルベルトは時折見せるフローラの寂しそうな様子が気になっていました。フローラは微笑みながら、
「私は、幼い頃両親に捨てられたの。それ以来、今のご主人様の所で育ててもらった。
 だけど扱いが酷くて辛いことばかりだったわ。物心がついた頃から、いつも独りぼっちだった。
 でも、アル君の美しい絵や星を眺めていると癒されるの。美しいものを眺めていると悲しいことも忘れられるわ」

アルベルトは静かに笑いながら
「ねえ、フローラの好きな星はなに?」
「うーん、やっぱり乙女座かな?」
「乙女座か。乙女座は正義の女神様で人間に愛や正義をお説き下されたんだよね」
「うん。でも、乙女座の女神は争い事ばかりの人間社会が嫌いになって宇宙に飛び立ってしまったの」
それを聞いてハッと気がついたかのようにアルベルトは彼女の手を取り
「フローラ。君はいつまでも、そばに居てくれるよね」
涼しい夏の風が吹き抜けていきます。フローラはふと気がついたかのように
「アル君は、どうしてご両親がいるのに一緒に住んでいないの?」
アルベルトは悲しそうに下を向いて
「自分の親はね、絵は理解がないんだよ。こんな金にならないような絵ばかり描いてって破り捨てられてしまった。
 それで僕は美しい風景が広がり、素晴らしい人々が集まるこの町に来たんだ。この町なら何か描けそうな気がしたんだ」

「そう、アル君の絵は素晴らしいのに」
2人はいつまでも星空を眺めていました。


その後、数日たってもフローラはアルベルトを訪ねてきませんでした。
胸騒ぎがしたアルベルトはフローラの勤めている屋敷を訪ねました。
大きな玄関の呼び鈴を鳴らすと無愛想な召使いが出て来て貧しい身なりのアルベルトをジロジロと見ながら、

「何の用だい?」
「あの、ここにフローラが働いていると聞いて来たのですが」
「あの子は病気で寝込んでいるよ。全く役立たずな奴さ」
召使いは、忌々しそうに言いました。アルベルトは召使にフローラの休んでいる小屋を教えて貰い屋敷の裏に周りました。
コンコン。

ノックしても返事がないので不安になり、小屋にそっと入りました。
フローラは薄暗い部屋の中でベッドに横たわり苦しそうに息をしていました。
アルベルトがベッドに近寄るとフローラはうっすらと目を開け微笑もうとします。
幼い頃から働きづめだったフローラは無理がたたって、とうとう病気になってしまったのでした。

『このままではフローラが死んでしまう』

アルベルトは自分が食べていくのに精一杯の生活でしたがフローラを引き取り看病する事に決めました。
 ある日の夜、看病に疲れるアルベルトを見てフローラは
「私なんて、本当に生きている意味のない人生だよね。
 アル君には迷惑掛けるし両親には売られるし、私なんか生まれてこなければ良かった」

アルベルトは驚いた顔をして
「な、何を言っているんだい。早く元気になって、また美しい夜空を一緒に眺めよう。
 絵をいっぱい描いてお金を貯めて、いい薬買ってきてあげるからね」

「アル君、ありがとう」
フローラの目には涙が光っていました。フローラの病気は大変重く、
薬も高価であったためアルベルトは中々買いに行くことができません。
家具なども粗末な物ばかりで売りに出してもとうてい薬を買えるだけのお金にはなりません。
薬が買えず悩んでいるアルベルトを見てフローラは

「アル君、無理しなくていいよ。そのお金で筆と絵の具を買ってね」
フローラは弱々しくアルベルトに声をかけますがアルベルトは何も言わずに部屋を出て行ってしまいました。


アルベルトはどうにかして、フローラを守ってあげたいと考えていました。
でも貧しい絵描きのアルベルトにはどうする事もできません。思いつめたアルベルトは教会に出かけました。
扉を開け赤いじゅうたんの廊下を進んで行くと祭壇の横にマリアの像が見えました。
アルベルトは静かに、ひざまずくと祈りを捧げました。

「僕の大切なフローラが病に伏しています。どうかお助けください」

まるで時が止まったかのような静かな礼拝堂で祈りを捧げていると

「どうしましたか?」

後ろから声がするので振り返ると優しい目をした牧師がニコニコしながら笑って見ています。アルベルトは暗い顔をしながら

「辛いことがいっぱいあって…。大切な人が重い病にかかっているのに一生懸命に絵を描いているけど売れなくて…。
 薬も買えないんです」

牧師はアルベルトに近づくと穏やかな声で

「真心があれば思いは叶うでしょう。努力する人間を神は裏切りません。道は必ず開けます」
「わ…わかりました」

アルベルトは肩を落とし静かに教会を出て行きました。

「ただいま」

アルベルトは暗い顔をして家に入っていきます。

「留守にしていて、ごめんね。教会に行っていたんだ」

フローラが寝ている寝室のドアを開けると彼女は穏やかな表情で眠っていました。アルベルトは椅子に腰をかけて
「明日は、フローラの好きな花を摘んできてあげるからね」
優しく彼女の頬に触れるとヒヤリ、まるで雪のような感覚で思わずドキリとしました。
心臓が高鳴り激しい鼓動のために息もできません。フローラの肩を揺すると氷のように冷たく、
まるで石のように重たく動きません。

「フローラ、僕の大切なフローラ。どうか天国に旅立たないでおくれ」

震える声と同時にフローラのほおにアルベルトの涙がとめどなく流れ落ちていきました。


 フローラを失ってからアルベルトは自分が嫌いになり、絵を描かなくなりました。
星が輝く夜には誰もいない小さな丘で星座を眺めながら独り、物思いにふけっています。
フローラの好きだった乙女座を眺めながら

「フローラは、まるで人魚姫のように僕の前から消えてしまった。僕は最後まで君を守ってあげられない、ダメな王子だった」

溜息をついて

「フローラ、君はおそらく僕の最初で最後の人だろう。そんな大切な君を失って、絵を描くこともできず、
 星ばかり見ている。心の美しかった君は、乙女座の女神のような天使に生まれ変わっているだろうな。
 そんな君にくらべて、僕は…荒んだ毎日をおくってダメな人間になってしまった」

足元の小さな花を見つめながら

「フローラ…早く生まれ変わって幸せな人生を送ってほしい」

そうつぶやいた時、アルベルトはハッとしたように顔を上げて

「そうだ、僕からフローラに会いに行こう。
 こんな情けない僕だけど…もし会えたら、また、あの素敵な笑顔を見せてくれるかもしれない」


 小雪が舞うクリスマスイブ。アルベルトは1日中フローラの絵を眺めながら座り込んでいました。
目の前には紙とペンが置かれています。アルベルトは両親への最後の言葉をつづっていました。
目は虚ろでペンを握る手は震え、字は所々かすんでいます。

「今夜が僕にとっての最後の夜だ。フローラ、今から君に会いに行くよ」

テーブルの上には薬の詰まった小瓶がおいてあります。
アルベルトは震える手で小瓶を取り上げボンヤリと座っていると(リンゴーン)玄関の呼び鈴が鳴りました。
アルベルトはため息をつきながらフラフラする足取りで玄関へ歩いていきドアを開けました。
玄関先には郵便屋が封筒を持ち、立っていました。

「アルベルトさん…ですね?」
「そ、そうですが」
「あなたへ、この日手紙を渡して欲しいと依頼がありましたので配達にうかがいました」

郵便屋はそう言って大きな封筒を渡しました。封筒を受け取り部屋に戻ったアルベルトは自分の目を疑いました。
宛名には(フローラ・ジュスピアン)と書かれています。

「フローラから?そんなバカな…彼女はもうこの世にいないはずなのに」

恐る恐る封筒をあけると、中からアルプス社製の筆と1枚の手紙が入っていました。急いで手紙に目を通します。

「アル君へ最後の思いをつづります。本当は、あなたと一緒にクリスマスを過ごしたかったけど、今ではもうそれすら叶いません。
恐らく、アル君がこの手紙を読んでいる時、私はもうこの世にいないでしょう。私はあなたがいて本当に幸せだった。
もし、私が天使に生まれ変われるのなら、きっと貴方を空から見つめています。
どんなに離れていても、心はあなたの中に居ます。天使のような心を持ったアル君だから、きっと素晴らしい絵描きになれると思います。
どうか夢に向かって進んで下さい。私はいつも貴方の側で応援しています」

アルベルトは両膝をついて床に座り込み俯いて

「フローラの為にも絵描きになろう。人々に感動を与えられるような、すばらしい絵描きに」


 どのぐらい時がたったのでしょうか。目の前にひときわ明るい光が差しはじめユラユラと揺れています。
アルベルトはゆっくりと顔を上げると、光り輝くブロンドの髪に透き通るような白い肌と真っ白な翼を付けた美しい女神が立っていました。
女神は静かに微笑んでアルベルトを見ています。女神は優しそうな目でアルベルトを見つめていましたが

「アル君、その筆でどうか私を描いて下さい」

とても透き通った美しい声でアルベルトに言いました。

「アル君は、その筆で絵を描くのではなく無償の愛を描いてください。
 貴方の描いた無償の愛は多くの人々の共感を呼び、愛され世界中の人々に受け入れられるでしょう。
 なぜなら無償の愛の美しさは永遠であり、醜いものを美しいものに変える無限の可能性を秘めた魔法の筆だからです」

アルベルトは女神のあまりの美しさに気を失ってしまいました。


 翌年の春。アルベルトは絵画コンクールの審査結果会場で多くの人々から祝福と注目を浴びていました。
アルベルトの描いた(愛の女神)がこの年の最優秀賞を受賞したのです。
それからも彼は絵画を描き続け晩年には多くの生徒達に囲まれる日々を送っていました。
ある日の事、生徒である少年がアルベルトに絵について問いました。

「どうして、先生の絵は多くの人々を温かい気持ちにさせる事ができるのでしょうか?」

アルベルトは静かに笑いながら

「絵は手先で描くが感動は…魂で描くものなんだよ。私の絵はね自分自身を表現しているんだ」

少年は難しそうな顔をして、
「自分を筆で表現するか…難しいな。ところで、先生は魂で自分を表現し始めたきっかけみたいなものってあったんですか?」
アルベルトは溜息をつき、さびしそうに空を見つめながら

「私が感動をみんなに届けられるのは…天使が愛という…無限の可能性を秘めた翼をくれたから」



▲▲▲▲ 2014年3月12日次回に続く ▲▲▲▲