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 作品名:沈黙のワルツ
 原作:清原 登志雄
 校正:橘 はやと / 橘 かおる
 イラスト:姫嶋 さくら
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僕は広い部屋に掛けられた鳩時計。時がくると、

「ポッポー」

と鳴き部屋の主に時を知らせる。でも僕が掛けられている部屋はだれもいない。
こんな大きな部屋にいるのは僕1人だけ。正面はベランダで外は雪が舞っている。
雪はひたすら降り続け、きれいで、静かだけど寂しい。

『誰か来ないかなー。1人ぼっちで時を刻むのも退屈になってきた』

 数か月が過ぎ、雪はやんだ。朝日がさし、部屋が暖かくなってきた。
ベランダには小鳥が2羽止まりおしゃべりをしていた。

「チィチィ」

僕はその様子を見てなんだか嬉しくなった。

『楽しそうだね、何おしゃべりしているの?』

 小鳥たちは大空へと飛び立っていった。

『春になったんだ、何か、いい事があるかも』

そんな気がして嬉しくなり

「ポッポー、ポッポー」

と誰もいない部屋で時を告げた。


 翌日、僕のいる部屋に若い男が1人、入ってきた。部屋に次々と荷物が運ばれてきた。
電気で動く箱、黒く大きな台、奇妙な記号がかかれた本などが運び込まれると部屋は荷物でいっぱいになった。

『僕の部屋の主はこの人かな?』

 1人でさみしかった僕はうれしくなって

「ポッポー」

 と時を刻みながら挨拶をした。部屋の主はアーティストを目指す若者だった。
毎日、記号の書かれた本や、電気で動く箱に向かって作業している。
若者と暮らすようになってから、部屋に置いてある“仲間”の名前が少しずつ分かってきた。

『電気で動く機械はパソコン、黒く大きな台はピアノ、記号の書かれた本は楽譜』

 という名前らしい。毎日、作曲に追われる日々を過ごす若者。時がくると僕は、

『夜遅くまで無理しないで』

そんな思いを込めて、

「ポッポー、ポッポー」

と時を告げた。若者とともに過ごす毎日は楽しく、新しい曲を聞き、素晴らしい歌声に癒された。若者は大きく伸びをすると、

「ふうー疲れた、少し散歩してこよう」

 そう言って出かけた。

『いってらっしゃい、待っているよ』

 僕は寂しくなって、

「ポッポー」

 と鳴いた。若者が帰ってくると、

『おかえりなさい、今日はいいことあった?』
「ポッポー」

 若者を見つめながら聞いた。若者と暮らすようになってから僕は時を刻む事がこんなに楽しいとは思わなかった、
毎日が素敵なメロディーとの出会いだった。

 月日が流れ、ベランダの外から

「ミーンミーン」

 と何かが鳴いている。僕は部屋が暑くて時を刻むリズムを間違えそうだった。

「あーセミの鳴き声がうるさいな」

 若者は涼しい風がくる機械の前で頭を抱えている。

「部屋が暑いな。こうも暑いといい曲が浮かばない」

 僕は心配になって、

『少しやすんだら?』
「ポッポー」

 と時を告げた。若者は僕を見つめて、

「お前はいいな、時間が来たらポッポーと鳴くだけだから」

 そう言った。しばらく僕を眺めていたが、そのうちハッとしたような顔で、

「そうだ! 小鳥のワルツを作曲しよう」

 そう言うと、ピアノの前に座った。


 月日が流れベランダの外では紅葉が散り始めた頃“小鳥のワルツ”は完成した。

「なかなかいい曲だ、これはCDにしてもらえるかもしれないぞ」

 完成した“小鳥のワルツ”を聞きながら若者は僕をみつめて

「お前のおかげでいい曲ができたよ。本当にありがとう」

 僕は初めて人から感謝されてた。

『完成おめでとう。はじめての友達に、そう言ってもらえるとうれしい』

 お礼を込めて

「ポッポー」

 と時を告げた。若者は“小鳥のワルツ”を収録したCDを持って部屋を出て行った。僕は

『早く帰ってきて』

 そんな意味を込めて

「ポッポー」

と、時を知らた。しかし、若者は帰って来なかった。夜になり、朝になり、そして又、夜になった。
でも幾日過ぎても若者はかえってこなかった。“ヒュー”木枯らしが吹く冬になった。僕は不安になり、

『何かあったのかな?』

 カチコチカチコチ。僕は長い時を刻み続けた、こんなに長く、辛く感じる事はなかった。


 そして小雪が舞い始めたある日の朝、玄関でガチャガチャと鍵をあける音がした。

『お、やっと帰って来た? おかえり』

扉が開くと黒い服を着た人たちが数人、中に入ってきた。手にはCDを持っている。
僕は思わず、時を早く刻んでしまうところだった。

『一体、誰だろう』

 その人たちは部屋を見渡し、CDをパソコンにいれると音楽が流れてきた。
それは完成された、“小鳥のワルツ”だった。

『あのワルツが完成したんだね。でもこの人たちは誰だろう』

 “小鳥のワルツ”を聞き終えると女性が

「とうとうCDが完成しましたよ、こんなにいい曲だったのに、世の中に出す前に亡くなってしまうなんて」

 ポツリと言った。シーンと静まり返る部屋。僕は女性の言葉を聞き外を見ると、小雪が天使の涙のように見えた。
数日後、作業員が入ってきて荷物を運びだした。僕は運び出される仲間たちを見つめるしかなかった。

『君はこのパソコンの前で、よくコーヒーを飲んでいたね』
「ポッポー」

 楽器を運び出すと、

『君はいい曲が浮かばないって、頭を抱えていたね』
「ポッポー」

 次々と思い出の品々が運び出され最後に残されたのは僕だけになった。若者と完全に別れを告げた僕は、

『僕も君と一緒に旅立ちたかった』

 寂しくなって、

「ポッポー」

 と鳴いた。真冬の夜、雪がやみ月が部屋を照らした。降り積もった天使の涙がベランダで輝いていた。
月明かりを見つめながら、

『初めての友人は名前すら知らずにこの部屋から消えてしまった。でも僕は誰もいない部屋で
 “沈黙のワルツ”を今も歌い続ける。君のいる天国にワルツを届けるために。
 人と物がいつかは結ばれる、そんな夢を見ながら』

 誰もいない静かな部屋で

「ポッポー、ポッポー」

 と今も時を告げている。



▲▲▲▲ 2014年11月17日完結 ▲▲▲▲