ここは地球から遠く離れた惑星。惑星はおおきなダイヤモンドのように輝いていました。
その地上には美しい花々が咲き、その花畑の中で楽しそうにお喋りをする、白い翼の天使と銀髪の若者がいました。
2人は手を取り合って幸せそうでした。

「いつまでも一緒にいたいね」
「ええ。貴方の手がとても暖かいわ」

咲き乱れる花の中でしばらくおしゃべりをしていましたが、銀髪の若者は、天使の手をさすると、

「日が陰ってきたね…今日はここで帰ろうか」
「うん…明日も会える?」
「はは、毎日会えるさ…心さえつながっていれば…ね」

そう答えると笑って駆け出して行きました。若者が手を振りながら去っていく様子を
白い翼の天使は静かに見送っていました。

そんな2人を木陰から見つめる不気味な黒い影がありました。その“黒陰の正体”は目がつりあがり、
背中には真っ黒な翼がありました。まるで人間にカラスのような翼をつけた天使でした。
漆黒の翼を持つ天使は、声をかみ殺すように言いました。

「私も幸せになりたかった。幸せなヤツら、そしてルーセント連邦の奴らも憎い…」

白い翼の天使は若者を見送ると

「私もおうちに帰ろう」

立ち上がり花畑を歩き始めました。しばらくすると、天使は誰か後ろからつけている気がしました。

『誰かに付けられている?』

後ろを振り返ると、そこには漆黒の翼の天使が立っていました。
漆黒の翼の天使は幸せそうな白い翼の天使を見ると嫉妬で吐き捨てるように言いました。

「幸せな奴らがにくい。私も幸せになりたかった」

白い翼の天使は驚き

「あ…貴方は確か…」

そう言いかけた時、漆黒の翼の天使の手が光ります。すると白い翼の天使の頭が光り、
まるで炎に包まれたような感覚におそわれました。

「うう…何をするの…頭が痛い…」

白い翼の天使が苦しみ悶えていると、白い翼の天使のブロンドの髪が黒くなり、モゾモゾと動きだしました。
白い翼の天使は苦痛でその場から、思わず逃げ出しました。その後ろ姿を見て漆黒の天使は、笑いながら言いました。

「ふふふ。私の悲しみを少しでも味わうがいいさ」

白い翼の天使は振り返り、漆黒の天使がつけてこないのを見届けると、湖の湖面をのぞいて驚きました。
ブロンドの髪は黒い蛇になり目はつり上がり、口には牙が生えていたのです。白い翼の天使はショックのあまり

「こんな姿じゃ、もうベランジェ様に会うことはできない」

そうつぶやきました。その時です。

「“幸せになりたい”“多くの命を幸せにしたい”そう願えば魂は何度でも自由になれるのですよ」

白い翼の天使の耳元でだれかがささやいたような気がしました。




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作品名:
翼のない天使 第1章
シリーズ:エンジェル シリーズ
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
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ここは昔々の中央ヨーロッパ。山と森に囲まれた国、ルーセント連邦。
山が高く牧歌的なこの国は夏になると多くの登山者で賑わっています。
この国には多くの芸術家たちが集まっていました。

一見平和な国でしたがルーセント連邦を代表する天才画家、アルベルト・クリスチャンが
名画愛の女神を発表して以降、不幸な出来事が続いていました。アルベルトが名画“愛の女神”を発表してから、
14年後の建国66年 結核が流行。建国70年には連邦を代表する音楽家、エルスナー・フランチェルが
結核で亡くなります。建国75年 隣国のエミリアーノ公国と領土紛争。
エミリアーノ公国は圧倒的な軍事力、豊富な工業力で連邦の首都ルベール市まで近づきつつありました。
しかし、ルベール市の東にあるメビウスの森で突如、悪魔が現れ、思わぬ敵の出現にエミリアーノ軍はたじろぎました。
そのとき、森に潜んでいたルーセント連邦軍が遊撃戦をしかけ損害をおいつつも
敵将であるエミリアーノ四世に重傷を負わせ、国土を死守しました。
重傷を追ったエミリアーノ四世は帰国後、その時の負傷が元で亡くなりました。

それから9年後のルーセント連邦建国84年…。9年前に勃発した隣国エミリアーノ公国との戦争で
ルーセント連邦は経済が疲弊していました。不作の年はルベール市と山あいの町
エンジェルマットアルプの間にあるスミル鉱山で働こうとする農夫が殺到していました。
軍事物資を増産するために必要な、鉄や銅を産出するための鉱脈があったからです。

このメビウスの森の近くで開墾作業を行う大農家がありました。この地方の大農家マティアは妻と実の息子、
預けられた娘が一人いました。この地方の土地は痩せているうえ、開墾作業も大変でした。
その為、多くの子供達も両親と一緒に働いていました。ルーセント連邦は急峻な山が多く、
耕作面積も限られていたのです。どの農家もやせた土地にやる、肥料不足に悩んでいました。

大農家マティアの元で懸命に働く少女の名はヴァイオラ。
ヴァイオラはまだ8歳でしたが朝早く起き、夕方は耕作牛に飲み水を与えるなど忙しい毎日をおくっていました。

ヴァイオラは切り倒した木を細かく刻み、汗まみれで木々を集めます。
耕作牛は堅い土を掘り起こし懸命に開墾していました。
マティアのムチでピシッ、ピシッと叩かれながら働く耕作牛を見てヴァイオラは、

「耕作牛さんも大変」

と小声でつぶやきました。ヴァイオラの側では山羊が草を食べながら

「メエー」

と鳴いています。マティアは樹木を切り倒し、耕作牛と共に木の根を引き抜き、
山羊が食べた草原を開墾していきます。ルーセント連邦では開墾費用の一部は政府機関である農民連盟より
助成金が出されていました。しかしその担保として、一定の食料納付が義務ずけられていたので
開墾費用を受給している農家はマティアのような大農家でさえも懸命に働かねばならなかったのです。
ヴァイオラが枝を集め束ねる作業をしていた時です。枝が縄から抜けてバラバラになってしまいました。
その様子を見たマティアは、

「ぐずぐずするなヴァイオラ。食料を増産しないと農民連盟から助成金が下りないんだぞ。さっさとやれ」

ヴァイオラは朝から働きずめだったため、フラフラでした。

「すみません。お父さん、少し休んでいいですか?」
「だめだ、期日までに開墾しないと助成金が下りない。食料の増産は大事だ、働け」

ルーセント連邦では子供達も重要な働き手でした。戦争で経済が疲弊し、食料の供給も不安定だった為、
お腹を空かせている子供達は沢山いました。草を食べていた山羊がヴァイオラのそばに体をすり寄せ鳴きました。

「メエー」
「山羊さん…明日は土地を開墾するから今日は沢山食べていってね。私をわかってくれるのは動物だけ

大変な開墾作業が続きました。夕方、作業が終わるとヴァイオラの手は土で泥まみれになり荒れていました。
マティアは汗をぬぐいながら、

「よし、今日はここまで、切り取った枝の一部は耕作牛に積んで持って帰ろう。完全に開墾するにはまだ時間がかかりそうだな。ふうー」

ヴァイオラは疲れでめまいがする中、耕作牛にまきを積み込みました。そして牛にそっと、言いました。

「牛さん、一日中、働いてくれたのに、最後まで重たい荷物を運ばせてごめんなさいね」

ヴァイオラとマティアは山羊と耕作牛を連れて家に帰って行きます。
帰る途中、農道ではエミリアーノ軍が放った大砲の砲弾跡がのこっています。

マティアとヴァイオラが自宅に着いたのを見るなり、継母が、

「ヴァイオラ、悪いけど牛に水をやらなければならないから桶にくんできておくれ」

継母に言われてヴァイオラはしぶしぶ、頷きました。

「はい、お母さん行ってきます」

ヴァイオラは大きな桶を渡されるとメビウスの森へ向かいました。
この地方ではメビウスの森の中に美しい水源があるのです。行く途中、家の中では、母が実の息子の頭に

「お前は勉強をしっかりして、この農家をさらに大きくしておくれ」

と優しく声をかけている様子が見えました。
ヴァイオラは夕日の中、大きな桶を持ちながら俯き、ふうー、と大きくため息をついて、

「私は一生、ひとりぼっちなのかな」

と寂しくつぶやきました。そして一緒に働いてくれる耕作牛や山羊を思い出し

『牛さん、今日も田畑の開墾を手伝ってくれてありがとう、私の気持ちをわかってくれるのはあなたや山羊さんだけかも』

夕日の中、一人水を汲みに歩いて行くヴァイオラの姿を作業帰りの農民達が見ていました。
農民とすれ違った後、ヴァイオラの背後から

「あの子は確か、大農家のマティアさんの元で働いている女の子だな」
「噂によると、あの子はエミリアーノ公国の子供らしいぞ」

ヴァイオラは耳をふさぎたくなるような気持ちを抑え、ふらつく足で森へと向かって行きました。

桶を持って5分ほどで、夕暮れのメビウスの森へやってきました。
大きな森で夜になると本当に悪魔が出そうな様子です。草木の影は長く伸び、気味の悪い化け物のようです。
ヴァイオラは心細くなって、

「この森は…確か9年前、怖い悪魔が出たんだよね」

ヴァイオラは一人、水の音のする水源へと歩いて行きました。
水源を覗くと、底まで見えるほど美しい水が湧き出しています。
湖底は砂で、水が湧き出し魚が泳ぎ、砂が舞っています。ポコポコ…水の音がする水源でヴァイオラは水をくみました。
空を見ると夕日が沈みそうです。心細くなり、

「神様、どうか悪魔が出ませんように」

チャポン。水をくみ上げると

「よいっしょ」

水桶を持ち上げました。そのまま歩き出しますが20歩ほど歩いたところで腰を下ろしてしまいました。
一日中、働きずめで疲れていた上、水桶が重くて手が痛かったのです。足元はこぼれた水で濡れていました。

「ふう…おけが重いな。でも早く帰らないと」

急いで桶を持ち上げたそのときです。急におけが軽くなりました。桶を持つ腕が2本増えて4本になっていました。
ヴァイオラがびっくりして振り向くと、夕日を背に見知らぬお姉さんが立っていました。お姉さんは優しい声で、

「これは重くて大変。お姉ちゃんが持ってあげるね」

ヴァイオラは驚きましたが恐る恐る、桶を手放しました。お姉さんは水桶をもって歩き出します。

「この水桶、どこまで運べばいいの?」

ヴァイオラはどぎまぎしながら、

「え、えっと…私の農家まで運んでくれると嬉しいのですが…歩いて10分ぐらいです」
「分かったわ。そこまでお姉さんが運んであげるわね。こんなに重たい桶を一人で…辛かったでしょう」

森の出口が見えてきたところでお姉さんは桶をおろすと

「ふう…この水桶ちょっと重いわね」

ヴァイオラはお姉さんの疲れた様子を見て、

「あ、あの…お姉ちゃん、ありがとう、慌てなくてもいいから少し休む?」

お姉さんは首を振り

「暗くなっちゃうから早く運ばないと…。いい、今から、桶が軽くなる、おまじないを使うけど、
それを誰かに話しちゃだめよ。約束できる?」

ヴァイオラは、どういうことかわからず、ポカンとしていましたが、とりあえず

「う…うん。誰にも言わない」

お姉さんの手が光って桶にふれると桶が一瞬光りました。お姉さんは笑って、

「さ、軽くなったし、お月様が出てくる前に行こうか」

そう言って輝く桶を片手で軽々と持ち上げました。ヴァイオラは、あっけにとられてただお姉さんを見つめるばかりでした。
お姉さんは笑顔で

「この水桶はどこに持って行けばいいのかしら、おうちに案内してくれる?」

お姉さんは何事もなかったかのように笑顔で話しました。



▲▲▲▲ 2014518日 次回に続く ▲▲▲▲