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翼のない天使 第10章
ルーセントシリーズ
企画・原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと/橘 かおる
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「あの、この貴石を買っていただけませんか?」
数日後、クラーラはルベール市の大きな貴金属店にいました。
貴金属店のおじいさんは大小の月のかけらを1つ1つ注意深く見つめていましたが、
「素晴らしい石じゃ。見たこともない貴石じゃが…一つ一つが柔らかい光を放っている。
まるで光を閉じ込めたような青い聖なる石のようじゃ」
クラーラは静かに店主の話をきいていましたが、
「あの、お買い上げ頂けますか?」
「うーん。この石は見たこともないので何とも言えないが…うーん」
しばらく考え込んでいましたが、
「6万ジュリぐらいでどうじゃろうかの?」
「ろ…6万ジュリ…そんな大金…」
クラーラは驚きました。貴石屋は輝石に見入っています。
そして一番、大きな月のかけらをじっくり見つめながら、
「特に大きい石は、天国に近い町と言われるエンジェルマットアルプの教会に寄付しよう。
昔、エンジェルマットアルプの街で愛の女神が降り立ったという話しがあるからのう」
そしてまじまじと月のかけらを見ながら、
「これは今まで見たこともない不思議な石だから王室や有名な占い師さんにも売れそうじゃ」
そう言うと、貴石屋のおじいさんは部屋の奥へ入って行きました。
そして6万ジュリの金貨の入った袋を手渡しました。
「ありがとうございます」
クラーラは金貨を受け取ると、大切に持って帰りました。そして、
「ディアーナ様、本当にありがとうございます」
小さな声で呟きました。
翌日、クラーラはマティアの元へ手紙を書いていました。
『マティア様、いままで娘を預かって頂きありがとうございます。まとまったお金ができ、なんとか生活ができるようになりました。
できれば近々、娘を引き取りに行きたいのですが、お許しを願えますでしょうか?
今まで預かって頂き、本当にありがとうございます』
クラーラは手紙を書き終えると郵便屋さんに渡しました。
その後、雑貨屋で買ってきた植木鉢にルナフラワーの種を植えました。
種を植えてから数日後、クラーラが夜遅く帰ってくると鉢から小さな芽がでています。
夜空を見ると月が輝いていました。ルナフラワーの芽はまるで新しい生活を予感させるかのように月の光を吸収し輝いています。
クラーラは、感謝して言いました。
「月の女神様、素敵な花を本当にありがとうございます」
翌日、晴れた日の朝、郵便屋さんがやってきました。
「おはようございます、メビウス地方…えーと、マティアさんから手紙が届いています。
あ…それから、エンジェルマットアルプの教会からもお手紙です」
クラーラは手紙を受け取ると、早速、開封してみました。マティアさんの手紙には、
(ヴァイオラを返す。いままでかかった養育費3万ジュリを用意してほしい。)
と書かれています。クラーラは“月のかけら”を売って手に入れた6万ジュリの金貨を見つめながら、
「神の御加護かありがとうございます。早く娘に会いたい。そして月の女神様の妹様にも会ってみたいわ」
一人呟きました。次にエンジェルマットアルプの教会からの手紙を開いてみました。
(この石を買ったという店主様から寄付を頂きました。素晴らしい石をありがとうございます。まるで光を閉じ込めたような神聖な石ですね。
感謝します。貴方と石を寄付して下さった店主様に神の御加護があらんことを祈ります。)
と書かれていました。
その頃、隣国のルーセント連邦ではクレメンテ公爵が兵士の前で、
「いよいよ、我が国の失われた領土を取り戻す時がきた。明日よりルーセント連邦に電撃戦をしかける。
今度の戦いでは漆黒の天使ガデーアが前線に立つ。何も心配はいらない。この戦いに勝利すれば我が国の繁栄は続くだろう。
諸君には一層奮闘してもらいたい」
「オーオー」
兵士たちはクレメンテ公爵の指揮の元、奮いたっていました。
翌日、クラーラは1000ジュリ金貨35枚を袋に大切にしまいました。
「ヴァイオラ、7年も一人にしてしまってごめんなさい、今から迎えに行くね」
部屋の戸締りをすると、通りにでます。表通りでは馬車がカタカタと音を立てて走っています。
馬車をとめ御者にメビウス地方へ行くように頼みました。クラーラは馬車に乗り込み、カタカタと揺れる中、窓から外をのぞきます。
ルベール市を抜けると家がまばらになっていきます。田畑を通り、風車を横切っていきました。
『明日のお昼にはメビウス地方につくわね』
流れる景色の中で幼い兄弟が小川で魚釣りを楽しんでいるのが見えます。
「あはは、大きな魚が釣れた」
楽しそうな笑い声が聞こえてきました。クラーラはコトコトと馬車に揺られながら車輪の音を聞きいっていました。
「娘も8才だからちょうどあのくらいの年頃かしら。私を母だと思ってくれると嬉しいけど」
うつむいて呟きました。そしてルナフラワーを思い出し、
「ヴァイオラと一緒に月の花屋さんか…当面はイベント会場の設営の仕事をしながら花を育てることになりそう。
平和な毎日が続くといいけど」
クラーラはゆっくりと目を閉じました。
その日の夜、作業を終えたヴァイオラは、食事を終えると継母に呼ばれました。
ヴァイオラは何を言われるのかドキドキしながら、継母の元へ行きました。
「お、お母さん、今日は何の話ですか?」
「さっき、お前の母親から手紙が届いたんだ。明日のお昼頃、お前を迎えに来るから準備をしておきなさい」
それを聞いたヴァイオラは驚きと嬉しさでいっぱいでした。しかし、それと同時にラミエールと別れるのが辛くなってきました。
「そう…お母さんが迎えに来てくれるんだ」
「そうだよ、だから今夜のうちに荷物を纏めておくれ」
ヴァイオラは部屋にもどると、机の下に隠してあった水晶玉を見つめました。そして、
「今夜、こっそりラミエールお姉ちゃんにあってこよう。明日でお別れだし」
外ではすでに日が陰り始めていました。
「お姉ちゃんに夜遅く森に来ちゃダメって言われているけど…もう会えないから最後にあってこなくちゃ」
ヴァイオラはすぐに、自分の荷物を纏めるとこっそり家を出ました。そしてラミエールの家へと向かいました。
冷たい風が吹く中、薄暗い森に入っていきます。ヴァイオラはゆっくりと森の中を歩いて行きます。白い息を吐きながら、
「ラミエールお姉ちゃんといつまでも一緒にくらしたいな」
そう呟きました。
▲▲▲▲ 2014年7月20日 次回に続く ▲▲▲▲