▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
翼のない天使 第11章
ルーセントシリーズ
企画・原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと/橘 かおる
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲



ヴァイオラはチョロチョロと流れる谷の上を歩き、いつもの水源までやってきました。
古木の前を通ると、古木の精霊がヴァイオラに話しかけたような気がしました。

「ホーホー」

フクロウが鳴いています。月明かりが射し始めた頃、ようやくラミエールの家に着きました。窓からは明かりがもれています。
ヴァイオラは黙って入り口に立っていました。目を閉じると、思い出が浮かびます。ラミエールに重い桶を持ってもらった事、空から現れたクッキー、
喋る不思議な水晶玉、そして素敵な森の精霊達。色んな思い出がヴァイオラの胸の中を駆け巡ります。
ヴァイオラは、冷たい風が吹き抜ける中、思い切ってドアをコンコンとたたきました。物音がしません。
ヴァイオラは再びドアをコンコンとたたきました。やはり家の中から誰も出てくる気配はありません。
ヴァイオラはこのまま帰ろうか悩みましたが、もう今夜しかラミエールに会う事が出来ないと思うとドアを開けました。

「お姉ちゃん、勝手に入ってごめんなさい、ヴァイオラだよ」

ドアが開くと奥の部屋が見えてきました。部屋の中にはヴァイオラが今まで見たこともない銀髪の若者とラミエールがいました。
先客がいたのでヴァイオラは思わずドキリとしてしまいました。そして銀髪の若者を見つめました。
若者はこの世の者とは思えない程、美しい姿をしています。ヴァイオラはしばらく見とれていましたが、ハッと気がつきました。

『このお兄ちゃん、本棚の上に飾ってあった絵の人にそっくりだ』

ラミエールも驚いた様子でヴァイオラを見つめていましたが、

「どうしたの? ヴァイオラちゃん、こんな時間に…」

ヴァイオラはもじもじしながら、

「あ、あの…お姉ちゃんにお別れの挨拶を言おうと思ってきたの」
「お別れの挨拶? あ…そうか、もしかしたらお姉さまが取り計らってくれたのね」

ヴァイオラは意味が分からず黙ってラミエールを見ていましたが、

「本当のお母さんが迎えに来てくれるの。それで明日、首都のルベール市へ行くことになったの」

ヴァイオラは思い切って、

「ラミエールお姉ちゃんともっと一緒にいたかったな」

ラミエールは何と答えていいのか分からず黙ってしまいました。

「ラミエール…この女の子は?」

銀髪の若者が訪ねました。

「素敵な女の子でしょ。ヴァイオラというの。9年前の戦争で両親と離れ離れになってしまって今まで大変な生活を送っていたの。
 でももうすぐ実のお母さんに会えるみたい、きっとお姉様が取り計らってくれたんだと思う。ふふふ」

「そうか、ラミエールとお友達だったのか。僕はベランジェ。ラミエールを探しに来たんだ。ヴァイオラちゃんか…よろしくな」

その時です。ドーンドーン。大きな轟音と爆発音が遠くで聞こえました。ベランジェは素早く椅子から立ち上がると、

「とうとうエミリアーノ公国軍が来たか」

厳しい声で言いました。


その頃、首都のルベール市では隣国のエミリアーノ公国が軍事侵攻を始めたとニュースで報じていました。
町の中は大混乱となっています。

「大変だ、エミリアーノ公国が電撃戦をしかけたようだぞ」
「国境付近のわが軍は劣勢らしい」
「女と子供達は早く避難しろ」

ルーセント連邦の将軍に連絡が入ります。

「閣下、お伝えします。エミリアーノ軍の奇襲戦により国境付近の砦はわずか5時間程で全滅しました。
 敵軍は現在首都を目指して進軍している模様です」

別の兵士が、

「現在、メビウスの森まで敵軍は攻め入っています。メビウスの森を抜けたら首都までわずか82キロしかありません」

王の側にいた将軍は慌てた様子で

「軍をすぐに用意しろ。迎え撃つ準備じゃ」
「は、急いで戦闘の準備にかかっていますが、進軍するまでに1日~2日要するかと思われます」

将軍は厳しい声で

「とにかく急げ。早くしろ。仕方がない、ルーセント連邦軍がメビウスの森を抜けた地点で迎え撃つしかない。
 首都を守りで固めろ」

「は、分かりました」

すぐに将軍の指令はニュースとなりました。
ルベール市では食料や水を買う者、家が砲弾に当たっても大火事にならないように、屋根裏に砂を敷くなど戦いに備えはじめました。


その頃、何も知らずにクラーラの乗った馬車はメビウス地方に差し掛かっていました。クラーラは馬車の中で、

「明日のお昼頃にはマティアさんの家につくかしら。ヴァイオラに早く会いたい」

手には1000ジュリ金貨の詰まった袋を握り締めています。キラキラと輝く金貨を見つめながら、

「月の女神様、ご加護をありがとうございます」

その時、急に馬車が止まりました。外で憲兵の声がします。

「その馬車、止まれ。どこへ行くつもりだ」

クラーラは馬車から顔をだすと、

「はい、メビウス地方へ行くつもりです」
「メビウス地方への道は閉鎖された。現在エミリアーノ公国軍が我が国に電撃戦を仕掛けた。
 国境付近の砦にある部隊はほぼ玉砕し、現在メビウスの森を進軍しているもよう」

クラーラは青くなって、

「そんな! メビウス地方はどうなるのですか?」

憲兵は、

「明後日にはわが軍も出撃する。メビウス地方はエミリアーノ公国軍によって壊滅させられる事が予想される」

クラーラは握っていた革袋を落としました。ガシャ。革袋の中から1000ジュリ金貨がこぼれました。

「そんな…ヴァイオラはどうなるの? ああ月の女神様、どうかヴァイオラをお助け下さい」

クラーラは思わず叫びました。


その頃、ヴァイオラはまだラミエールの家にいました。

「ラミエールお姉ちゃん、あの音は?」
「きっと隣国の公爵様が軍隊を連れて私たちの住む土地を奪いに来たの。ヴァイオラちゃん、早く帰りなさい。
 そして、マティアさんにエミリアーノ軍が近付いてきている事を知らせなさい」

ヴァイオラは突然の事にウロウロしています。

「いや、お姉ちゃんと別れたくない、お父さんを戦争で失い、お母さんとも離れ離れ、もう1人で生きていくのはいや」

ラミエールは落ち着いた様子で、

「いい、敵が近付いてきているから、みんなに逃げるよう知らせなさい。
 みんなの為に、ルーセント連邦の人々の為にも、貴方はこの事態を知らせて生きのびるのよ」

ベランジェは2人の様子を見ていましたが、やがて手をパチンと鳴らしました。
すると見たこともない光り輝く剣がブンブンと回転しながら落ちてきました。ベランジェは床に刺さった剣を引き抜くと、

「とうとう、大公がエミリアーノ軍を引き連れてきたか…漆黒の翼の堕天使ガデーアと決着をつける時がきたようだ」
「ベランジェ様、ガデーアにはお気をつけて。私も後から応援に行きます」

ベランジェは頷くとラミエールの家をでていきました。
ヴァイオラとラミエールが外を覗くとベランジェの姿は森の奥深くへと消えていきました。エミリアーノ公国軍が森に火を放ったのでしょう。
森のあちこちから炎がのぼり煙が上がっていました。ドーン、ヒューン。砲弾の飛ぶ着弾音が聞こえてきます。

ベランジェは大砲の音がする方へ進んで行きました…。しばらく歩くと目の前に40万の軍勢を引き連れたガデーアが現れました。
森の中で散発的に戦闘を繰り広げていた兵士たちはガデーアの“炎の剣”で焼き払われ、木々も黒こげになっていました。
ベランジェが姿を現すとガデーアは笑いながら、

「ははは、ベランジェか、こんなところで会うとはな」

ベランジェは静かに、しかし厳しい声で

「ガデーア…悪さはそこまでにしてもらおうか。とうとう決着をつける時が来たようだ、ラミエールにかけた呪いを解いてもらおうか」

ガデーアはニヤニヤと笑いながら、

「ははは、何を甘い事を。今回はエミリアーノ公国軍の主力部隊40万が控えているぞ…。
 いくらお前が勇猛でもこの40万の部隊を倒す事ができるかな」

ガデーアは不気味に笑って炎の剣をベランジェに向かってブンと振りました。
ゴオー!
大きな火の玉が、音のような早さでベランジェを襲いました。
しかしベランジェが数センチでかわすと後ろの木に炎が燃え移り木は一瞬で爆発し飛び散りました。
ベランジェは炎の粉をかぶりながらガデーアを見つめていましたが、

「ふむ、どうやら、降伏するつもりはないようだな。私と勝負するか」

ガデーアは鬼のような形相で、

「ベランジェ、ラミエール…2人とも冥府におくってやる」

ベランジェは、

「ふ…やってみなければ、わからんさ…。いざ、勝負」

ベランジェはガデーアと40万の軍勢に勢いよく斬りかかりました。



▲▲▲▲2014年7月27日 次回に続く▲▲▲▲