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翼のない天使 第12
ルーセントシリーズ(完結編)
企画・原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと/橘 かおる
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ドーン、ドーン。大砲と銃声の音がだんだんと近づいてきます。
ラミエールの家ではテーブルの上のルナフラワーの花瓶がカタカタと揺れています。

『この先でベランジェ様が戦っていらっしゃる。なんとかしないと』

ラミエールは意を決したように立ち上がると、

「こうなってしまった以上、本当に残念だけどベランジェ様を助けに行くしかないわ。ヴァイオラちゃん元気でね」

ラミエールは悲しそうな顔でヴァイオラの頭を優しくなでると、

「ヴァイオラちゃん。本当の事を話すね。本当は私この森に住む天使だったの、
でも呪いをかけられ醜い姿になっていたから悪魔なんて言われていたけどね」

ヴァイオラは驚いたように、

「ラミエールさんが悪魔!? うそ…こんなに綺麗なのに」

ラミエールは美しい瞳を閉じ、

「私、今は…魔法で人間の姿になっているけど、月の光を直接浴びると魔法が解けて、悪魔のような姿になってしまうの。
ヴァイオラちゃんには本当は見せたくなかったけど…こうなってしまった以上、もう戦いは避けられない。
私達がエミリアーノ公国軍を押さえるから、あなたは今の内に逃げなさい」

ラミエールは寂しそうに笑うと、ドアを開け銃声の音が聞こえる外へ出て行きました。
ヴァイオラは閉じられたドアを見つめながら、

『ラミエールお姉ちゃんが、この森に住む悪魔の正体だったんだ』

ヴァイオラは窓を少し開け隙間から恐る恐る、外をのぞいてみると月の光りの中、ラミエールの姿は、口に牙があり、
髪の毛は蛇で目がつり上がっていました。そのままラミエールはエミリアーノ公国軍に向かって歩いていきました。


ラミエールが敵軍に姿を現すと、ベランジェは負傷し肩で息をしていました。
あちこちには倒れた兵士が数万ところがっています。ガデーアも、全身傷だらけで、ゼイゼイと息をあらくしていました。
エミリアーノ軍は、ベランジェのあまりの強さに、たじろいでいました。そこへ、ラミエールの恐ろしい姿を見た兵士達は恐怖におののき、
足が止まってしまいました。

「で、出て来たな、この悪魔め」

エミリアーノ軍の兵士は一斉に銃を構えます。ガデーアは、ぜいぜいと荒い息をしながら、

「はぁはぁ。ふふふ。とうとう姿を現したかラミエールよ。私の恋人アンジェロ男爵を処刑した、
ルーセント連邦に復讐するときが来た。ラミエールよ、そこをどけ、大人しく降伏しろ」

ラミエールはベランジェに背を向けて、

「ベランジェ様、ごめんなさい。本当はこんな醜い姿をあなたにお見せするなんて考えていませんでした」

それからガデーアに向かって、

「アンジェロ男爵、確か、エミリアーノ公国の貴族でこの辺りの領土を治めていた方ですね。
あの方は貴方の恋人だったのですか?」

「そうだ…エミリアーノ公国の腐敗した政治に嫌気が差したアンジェロ男爵は、
エミリアーノを捨てルーセント連邦についた…領土も一緒にね…だが」

ガデーアは炎の魔力の宿った刀を握りしめ

「アンジェロ男爵はルーセント連邦からスパイ容疑をかけられ刑死してしまった。
私はアンジェロの復習の為、ルーセント連邦に結核という病魔をばらまき、戦も仕掛けた…しかし、上手くいかなかった。
今度こそ、ルーセント連邦に報復する時が来たのだ」

その時です。月の光の中からディアーナが現れました。エミリアーノ公国軍は、ディアーナのあまりの美しさに思わず、

「おお!あれは何だ!?」

ディアーナに畏怖した兵士達は思わず後ずさりしました。ディアーナはガデーアに言いました。

「ガデーアよ、悲しみによる復習によってうまれるものは何もありません。
隣人を愛せない民、国の結末は悲しいものです、このような蛮行は誰にも幸をもたらさず己の魂を牢獄につなぐのみです。
貴方はそれを理解していますか? きっと貴方の恋人アンジェロの魂も、宇宙のどこかで悲しんでいるはずです」


 ガデーアはディアーナに向かって、炎の剣を振りました。
すると同時にディアーナのまえで、カン。弾けるような音がして炎が四方に分かれ飛び散りました。ガデーアは驚き、

「な、何!? 1000度を超える炎をはじき返した」

ディアーナは静かにガデーアを見つめていましたが、

「残念ですが仕方ありません。少しばかり月の光の裁きを受けなさい」

ディアーナが月に手をかざすと、青い光が、雨の様に次々と天から落ちてきました。エミリアーノ軍は

「うわー月の女神が魔法を使った、た、退却だ」

エミリアーノ軍は恐怖で退却しはじめました。ヴァイオラは青い光が落ちていく様子を遠くから見ていました。

「月の光がエミリアーノ軍に降り注いでいる」

青く光る月のかけらの雨はしばらく降り続いていました。多くの兵士が退散し地面は数メートルの穴があちこち開いています。
激しい月のかけらの雨にガデーアの魔力が宿った刀は砕け散り、ガデーアも身動きがとれない状態でした。


ベランジェはガデーアに近づくと、剣を向け

「ガデーアよ。いよいよ、己のまいた種を自分自身で刈り取る時がきたようだな…覚悟せよ」

そう言って剣を振り上げました。その時、

「ベランジェ様、お願いします。どうか剣をおろして下さい」

止めに入ったのはなんとラミエールでした。

「ガデーアさん。話は聞きました。恋人を失った悲しみで、貴方は漆黒の翼の堕天使となっていたのですね。
貴方もひょっとしたら私と同じ、傍若な者達の犠牲者なのかも知れません」

ガデーアは黙ってベランジェの剣先を見つめています。ラミエールは悲しそうに、

「私は以前…お姉様に教わりました。罪を許すのは正しい知識と心であると。私は貴方を憎んでいません。
ただ私を元の姿に戻してもらえばそれで十分なのです」

ガデーアは苦々しく言いました。

「その後で私の首をはねるつもりか…」

ディアーナはラミエールを見つめてうなずくと、

「もし、ラミエールを元の姿に戻すなら、貴方の命を奪う事はいたしません。
ベランジェさん…もしラミエールが元の姿に戻るならガデーアを許してくださいますか?」

ベランジェは、

「うーむ。ガデーアは憎いがラミエールがそれで良いなら…仕方ない。命だけは預けてやる」

ガデーアはしばらく、ラミエールの方を見つめていましたが両手をパンパンと叩きました。

すると、ラミエールの蛇のような黒髪はブロンドの髪に、耳は耳の長い優しい妖精の様な元の姿に戻っていました。ガデーアは、

「さあ、元にもどしたぞ、ベランジェよ、私の首をはねるが良い」

ベランジェはガデーアをしばらく見つめていましたが、剣を鞘に戻しました。
ラミエールはほっとした表情でディアーナを見ました。

「ベランジェさん、ありがとうございます。貴方の寛容な心がガデーアにも伝わったようです。
憎しみは争いで解決できるものではありません。自分の弱さを認め、
良心と人々の愛情に気がついたとき初めて憎しみを許す心が生まれるのです」

無事元の姿に戻ったラミエールはベランジェに駆け寄りました。ベランジェはラミエールを優しく抱きしめて、

「いままで、辛かった。良く辛抱したねラミエール」

ラミエールはうなずくと、

「でも、本当に辛かったのは恋人を失ってしまったガデーアさんかも知れません。きっと心の傷は私以上に深かったでしょう」

ベランジェはラミエールを見つめていましたが、ハッと気づきました。

「ラミエール、君の白い翼は?」

ラミエールはハッとしました。背中の翼が無いのです。ディアーナは翼のないラミエールを見つめて言いました。

「ラミエールよ、長き悲しみのために己の魂の自由も自ら奪ってしまっていたのですね。
醜い容姿の自分を許す事が出来なかった…」

ラミエールは長き悲しみのため白い翼を失ってしまっていたのです。

「ガデーアさん、今私も貴方の悲しみを良く理解しました。もう争いは止めて前を向いて歩きましょう。
そしてこの国を素晴らしいものにしましょう。地上の天国のような国を目指せばきっとみんな幸せになり、自由になれると思います」

そう言った時、ラミエール自身が気がついた様に、もう一度言いました。

「天国の様な国を目指せば自由になれる」

その時、ベランジェが驚きの声をあげました。

「ラ、ラミエール、君の背中から、自由の翼の産毛が生えてきている」

夜空には美しい星々が輝き始めていました。


それから数年後…。
天界から追放されたガデーアは、災いをもたらす事をやめ、エミリアーノ公国で静かに暮らしています。

ルーセント連邦の首都にある月の花屋さんでは、毎晩、ルナフラワーを買い求めるお客さんで賑わっています。
ルナフラワーは神聖な花として、王室や教会などに飾られるようになりました。ヴァイオラは月を見ながら、ラミエールを思い出していました。

「私も戦争で家族がバラバラになってしまい悲しかったけど、一番悲しかったのは長い間、
宇宙に帰る事が叶わなかったラミエールお姉ちゃんなのかも知れない」

クラーラも

「ベランジェさんとラミエールさん、幸せだといいわね」

そう話したとき、店先に飾ってあった月のかけらが輝きました。

『ラミエールは、ベランジェと結ばれました。深い悲しみに包まれても、愛や友情という尊貴で神聖な魂の思いを大切にした結果です。
人は“幸せになりたい”“多くの命を幸せにしたい”そう願えば魂は何度でも自由になれるのです』

ディアーナのやさしい声が聞こえたような気がしました。



▲▲▲▲ 2014年8月2日 エンジェルシリーズ完結 ▲▲▲▲