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作品名:
翼のない天使 第2章
シリーズ:エンジェル シリーズ
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
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ヴァイオラは、目を丸くして思わず立ち止まってしまいましたが、ハッと気がついたように、

「お…お姉ちゃん、私についてきて」

そう話すと、2人は歩き始めました。ヴァオラは片手で軽々と水桶を持ち上げるお姉さんをチラッと見ました。
今まで他人から親切にされたことの無いヴァイオラは不思議な気持ちでした。

『動物しか、お友達がいない私に親切にしてくれる。このお姉ちゃんは、一体だれなんだろう』

カーカー。カラスが鳴き夕日が沈み暗くなり始めていました。お姉さんは優しくヴァイオラを見つめて、

「ねえ、黙っているけど…お姉さんの事、怖い?」

ヴァイオラが下を向いてモジモジしていると、お姉さんは笑顔で、

「お譲ちゃん、もしよかったら、私に名前を教えてくれない?」

ヴァイオラはドキドキしながら、

「ヴァ…ヴァイオラって言います」
「そう、ヴァイオラちゃん。素敵な名前ね」

お姉さんの足取りは軽くとても水桶を運んでいるとは思えませんでした。水源の谷をまたぐ苔むした丸太橋を渡ります。
清流の流れる中、パチャっと魚の跳ねる音が聞こえました。その音を聞き、

「優しい水の音。私の心も、この水のようにいつまでも澄んでいたいな」

それから、お姉さんは、少し鼻歌を歌いながらヴァイオラの家へ向かって歩いていきました。
ヴァイオラがお姉さんを見ると、茶色のロングヘアー、深くて青い瞳。

『私も大人になったら、こんなお姉ちゃんみたいな人に、なれるといいな』

と考えていました。すると、

「うん? お姉ちゃんの事が気になるの?」

ヴァイオラは心の中を見透かされたようで、ドキっとしました。

「う…うん。栗色の髪が素敵」

と一言、話すと黙って歩きます。お姉さんはやせたヴァイオラを見て

「日が沈みそうだけど、もう晩ご飯たべたの?」

ヴァイオラはしばらく黙っていましたが、小さな声で

「ままだなの」
「そう少しやせているみたいだけど、ちゃんとご飯を食べている? お父さん、お母さんは優しくしてくれる?」

ヴァイオラは歩みを止めて足下を見つめました。お姉さんも足を止めました。
 リリリ…。草むらから秋の虫の鳴き声が聞こえてきます。ヴァイオラは再び黙って歩き出しました。お姉ちゃんは笑顔で

「夕方、1人でこの森にきたみたいだけど怖くなかった?」

ヴァイオラは下を向いたままうなずきました。

「ほかの人たちは一緒に来なかったの? お父さん、お母さんは一緒に水くみを手伝ってくれなかった?」

ヴァイオラは涙声で、

「私、半分はルーセント連邦人じゃないみたいなの…。半分はエミリアーノ公国の人らしくてだからみんな冷たくて誰も…」

お姉さんは申し訳なさそうに

「そう…辛い事をきいてしまったようでごめんなさい。貴方も故郷に帰れないのね。
 でもね…どこの国の人でも立派に頑張った人は立派なの。あなたがどこの国の出身でも、人々を幸せにしたいという思い、
 人々に役立ちたいという思いがあれば心ある人たちはついてきますよ…きっとね」

数分後、マティアの牛舎が見えて来ました。農家の前までくると、ヴァイオラはお礼を言いました。

「お姉ちゃん、重い水桶を運んでくれてありがとう」

お姉さんは笑顔で

「ふふ幼いのに1人であの森までよく来たね。怖いならお父さんと、お母さんに話した方がいいわよ」

お姉さんは水桶をヴァイオラに渡します。

「そうそうヴァイオラちゃん、後でいいものをあげるね」

ニコニコしながら言いました。受け取った水桶は中がからではないかと思うほど軽く、ヴァイオラは不思議そうに水桶を見つめていました。
 ギー。牛舎の門を開きます。ヴァイオラが牛舎を覗くと牛が草を食べているだけで誰かいる様子はありません。ヴァイオラはホッとして

「誰もいない…。お姉ちゃん入ってきて」

ヴァイオラとお姉さんは牛舎の中へ入って行きました。牛舎につながれている耕作牛をみたお姉さんは、

「まあ耕作牛だけあって、おとなしいわね。瞳も優しい牛さんね」

ヴァイオラは桶の中の水を耕作牛に与えました。耕作牛は水をゴクゴク飲んでいます。
その様子をお姉さんは優しい目で見つめていました。耕作牛に水を与え終わるとお姉さんはヴァイオラの手を握り、

「今日も1日お疲れ様。働きずめだったんでしょ? おなかがすいたよね、はいこれ」

パンパン。手をたたくと、クッキーの詰まった袋が空からポトンと落ちてきました。
ヴァイオラは、何が起きたのか分からずポカンとしています。お姉さんは笑いながら、

「ふふ、今、見たのも内緒にしてね」

ニコニコしながらクッキーの詰まった袋をヴァイオラに渡しました。ヴァイオラはクッキーを受け取ると、

「お姉ちゃんありがとう」

お礼を言いました。お姉ちゃんは笑顔で

「まあ、ちゃんとお礼が言えるのね。感謝の気持ちがあれば、きっと明るい未来があるような気がするわ。
 つらい過去も愛があればきっと乗り越えられると思うわ」

耕作牛が、

「モー」

と鳴きました。

「そういえば、まだ、お嬢ちゃんの本名を聞いていなかったわね。教えてちょうだい」
「…ヴァイオラ・ジュピリっていいます」
「そうヴァイオラ・ジュピリちゃん、素敵な名前ね。またつらい事があったらあの森に来なさい。私は森の奥にいるから…。
 でも、メビウスの森は夜、悪魔が出るという噂だから来ちゃだめよ」

ヴァイオラはうなずきました。お姉さんはヴァイオラの頭をなでると

「ヴァイオラちゃんは大変な思いで生きてきたようだから、これあげるね。素敵な宝物ですよ」

そでから小さな丸い水晶玉を取り出しました。

「つらい事があったら、この水晶玉に話しかけてごらんなさい。
 でも大勢の人がいる前で話しかけると変な子に思われるから、そこは考えて使うの…いい?」

ヴァイオラはもじもじしながら

「お、お姉ちゃんありがとう。あ…あの、お姉ちゃんの名前はなんて言うの?」
「私? ラミエールっていうの。ちょっと変わった名前でしょ。メビウスの森の奥にいるからまた会えるかもね」

ラミエールは笑顔で、

「この牛舎に誰か来たら怪しまれるから、私はまたメビウスの森へ帰るね。
 ヴァイオラちゃんに1日も早く素敵な笑顔がもどりますように…」

そう話すとラミエールは、両手を組み、祈りました。

「それじゃあ、今日はここでお別れ。ヴァイオラちゃん…おやすみなさい」

ラミエールは暗くなった悪魔の住む森へ明かりもつけず歩いていきました。ヴァイオラは手に握りしめた丸い水晶玉を不思議そうに見つめました。
その水晶玉は不思議な力を秘めているように小さく輝いていました。



▲▲▲▲ 2014年5月24日 次回に続く ▲▲▲▲