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作品名:
翼のない天使 第3章
シリーズ:エンジェル シリーズ
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
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牛に水を飲ませ終わるとヴァイオラは家に入りました。お父さんと、お母さん、そして実の息子はすでに
食事を終えヴァイオラの食事だけが残っていました。お母さんはヴァイオラを見ると、

「やっと帰ってきたか、小娘。さっさと食事を食べておくれ、早く食器をしまいたいからね」

ヴァイオラがテーブルに着くと、食事は玉ねぎのスープと、パン一切れでした。
ヴァイオラはふらふらしながら手を洗い、1人で食卓に向かいを食べ始めました。
食事をしながらヴァイオラは不思議な女性、ラミエールを思い出していました。

『ラミエールお姉ちゃん…ひとりでメビウスの森に住んでいるのかな?
 桶も手が光ると簡単に持ち上がったけど、ラミエールお姉ちゃん……本当に不思議な人』

ヴァイオラはラミエールの笑顔を思い出し

『今日は、素敵な1日だった。お姉ちゃんにもらったクッキーもあるし。今夜、こっそり食べちゃおう』

ヴァイオラは食事を終えると食器を洗い、部屋に戻りました。ヴァイオラの部屋は狭い物置部屋でした。
ヴァイオラは部屋の掃除をし、お風呂に入った後、再び部屋にもどりました。
誰も入って来ない様子を確認しベットの中に隠しておいたクッキーをニコニコしながら取り出します。ポリポリ。
口の中にクッキーの甘い味が広がっていきます。ヴァイオラは嬉しくなり、

「初めてクッキーを食べた。食べ過ぎると喉が渇くし、もったいないからちょっとづつ食べよう。ラミエールお姉ちゃん、ありがとう」

ヴァイオラはラミエールの美しい深い瞳を思い出しながら、

『急に水桶が軽くなるなんて本当に驚いたわ…。あんな優しいお姉ちゃんが怖いメビウスの森に一人で住んでいるなんて。
 どうして森から出て来ないんだろう』

その時、ゴロゴロ。雷の音が聞こえ、ポツポツと雨が降り始めました。ヴァイオラは雨戸を閉めた後、

『ラミエールお姉ちゃん青くて深いきれいな瞳だったな。あんなに優しい人に出会ったのは初めて。
 私、一生ひとりぼっちだと思っていたけど、もしかしたら私の事を分かってくれる人かもしれない』

ヴァイオラは雨戸に当たり流れ落ちる雨音を聞きながらメビウスの森の事を考えていました。その時、

「ヴァイオラちゃん、今日はお疲れ様」

突然、ラミエールの声が聞こえました。ヴァイオラはビクっとして部屋の周りを見回します。
部屋は静まりかえっていて誰も入って来た様子はありません。蝋燭の炎が優しく水晶玉を照らしています。

「ラミエールお姉ちゃんの声…外かな? でも外は雨が降っているし」

その時また、

「ヴァイオラちゃん、ここですよ」

ヴァイオラは薄暗い部屋を見つめました。テーブルの上に乗った水晶玉が左にコロコロ、
右にコロコロとまるで生き物のようにテーブルの上を転がっています。そして、その水晶玉がしゃべっていることに気がつきました。
ヴァイオラは恐る恐る、テーブルに近づき水晶玉に触れてみました。するとラミエールの姿がぼんやりと目の前に浮かんできました。
ヴァイオラは驚き思わず声をあげました。

「うそ!? ラミエールお姉ちゃんが部屋にいる」

目の前の半透明姿のラミエールは笑って

「ふふ…驚いた? その水晶玉はね、私といつでも以心伝心…おしゃべりのできる、素敵な星の力の入った水晶玉なの」

ヴァイオラはクッキーをラミエールに見せると、

「ラミエールお姉ちゃん、今日は水桶を運んでくれてありがとう。今日の夕食はスープとパン1枚だけだった。
 おなかが空いていたけど、お姉ちゃんのくれたクッキーで元気になった」

ラミエールは優しい目でヴァイオラを見つめていましたが、

「いいですか、苦しい事があってもご両親を恨まないでくださいね。確かに食事は粗末で大変かもしれません。
 でも報われなくても努力する人々を神は見ていますよ。今は報われなくても、あなたが愛を持ち、正しく生きようとするなら、
 必ず報われるときはやってきます。後は笑顔を忘れないでください」

ヴァイオラは頷き、

「不思議な、不思議なお姉ちゃん、ありがとう。なんだかとても心が温かいです」

ラミエールはヴァイオラに優しく言いました。

「ヴァイオラちゃん、またメビウスの森で会おうか?」
「うん。またラミエールお姉ちゃんに会いたいな」
「分かったわ。今度森に来るときはその水晶玉を一緒にもってくるといいわ。その玉があればいつでも私とつながっているからね」

その後、ラミエールの姿は部屋に溶け込むようにして消えていきました。いつの間にか雨が止み月の光が窓からさし始めていました。


数日後、ヴァイオラとマティアは田畑の開墾作業を行っていました。天気が悪く、雨が降り出しそうです。
マティアは今にも雨が降りそうな空を見て、

「今日は雨が降ってきそうだな。ヴァイオラ、荷物を纏めて帰るぞ」

早めに作業が終わったのでヴァイオラはほっとしました。耕作牛に薪を乗せ、家路を急ぎます。
家に着くとマティアは、

「ヴァイオラ、牛に水を与えるから桶に水を汲んで来い」
「分かりました、ちょっとだけ待ってください」

父は怪訝そうにヴァイオラを見て

「なんだ? 雨が降りそうだから早くしろ」
「ちょっとだけ手を洗ってきます。ごめんなさい」

ヴァイオラはそう言って部屋に戻るとベットの下に隠してあった水晶玉を取り出しポケットに入れました。
ヴァイオラは水桶を持つと、水源のあるメビウスの森へ向かって歩いていきました。
メビウスの森の近くまで来て後ろを振り返ると、誰もいません。

『誰も来てない』

ヴァイオラは丸太橋を渡り歩いて行きます。水源までやってきました。ポコポコと水が湖底から湧きだし砂がまっています。
ポケットの中から水晶玉を取り出し、湖に落とさないよう後ろの古木の根元に置きました。
古木はまるでヴァイオラを見つめているように静かにたたずんでいます。チャポン。
ヴァイオラは水を汲み上げます。ポツポツ。湖面に雨が降り始めました。慌てて水桶を古木の根元までもっていき雨宿りをして
雨雲の垂れこめた空を見つめます。水桶に落ちる雨の波紋を見ながらヴァイオラはため息をつきました。

「あーあ、雨が当たってきた、どうしよう…」

そして寂しそうに、

「私の本当のお父さんと、お母さんは今、どこで何をしているのだろう…」

そうつぶやいた時、水晶玉が輝きました。

『星の水晶玉が光っている…』

ヴァイオラは驚いて水晶玉を拾い上げ両手で握ると、ぼんやりとラミエールの姿が浮かんできました。

「ヴァイオラちゃん、雨に打たれているようだけど大丈夫?」

ヴァイオラは寒そうに、

「ラミエールお姉ちゃん、水を汲みに来たら…とうとう雨が降ってきちゃって」
「わかったわ、今から傘をもって迎えに行くからね。その古木の下で雨宿りしていて」
「うん…ありがとう」

ラミエールの姿は消えてしまいました。


 雨宿りをして5分後、ラミエールが傘をもって水源にやって来ました。ヴァイオラは嬉しくなり、

「ラミエールお姉ちゃん、ここ」

手を振るとラミエールは近寄ってきて傘を差しだして言いました。

「私の家はこの水源の近くだから…とりあえず、雨がやむまで私の家で待とうか?」

ヴァイオラは嬉しそうにうなずきました。ラミエールは波紋の広がる水桶を見て、

「さあ、この水桶も持って行かないとね」

ラミエールの手が光ると水桶がまた急に軽くなりました。ラミエールは片手で水桶を持ち上げ、

「雨に長くあたると風邪をひいちゃうから、早く私の家にいこうね」

笑顔でヴァイオラに話しかけました。雨の降る中ラミエールとヴァイオラは森の奥へ進んでいきます。
5分ほど歩くと木造の家が見えて来ました。ヴァイオラは、

「ここが、お姉ちゃんのおうち?」

「うん。こんな小さな家でのんびり過ごしているの。ちょっと変わった部屋だけど入って」

ラミエールの玄関先には見たこともない花が植えてあり今にも咲き出しそうです。ヴァイオラは

『見たこともない花だけど、素敵…』

思わず花に見とれていると、それに気づいたラミエールは、

「このお花はね、ルナフラワーというの。この花は、とっても不思議な花で月の光が射している間咲いていて光を柔らかく反射するの」

ヴァイオラは不思議なルナフラワーが気に入って、

『もし本当のお父さんや、お母さんに会うことができたら、私もお花を育ててみたい』

そう思いました。森ではザーと雨の降る音が響いていました。



▲▲▲▲ 2014年6月2日 次回に続く ▲▲▲▲