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作品名:翼のない天使 第4章
シリーズ:エンジェル シリーズ
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
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ギー。木製の玄関を開けるとそこは不思議な部屋でした。テーブルの上には置き鏡と天使のイラストが描かれたカードが重なり、
大きな水晶玉が置かれています。本棚には星座の辞典が並んでいました。窓はついていますが閉じられ白いカーテンで覆われています。
ヴァイオラは部屋の不思議な雰囲気に思わず尻ごみをしてしまいました。ラミエールはテーブルに近づくと、
「暗いからランプに明かりをつけましょうね」
パチン、指を鳴らすと指先から小さい炎がでて明かりがランプにともりました。ヴァイオラは、
「やっぱり、ラミエールお姉ちゃんは魔法使いなのかも」
ラミエールに聞こえないように小声でそっとつぶやきました。
ヴァイオラはランプの明かりで部屋を見回すと、本棚の上に美しい絵画が飾ってある事に気がつきました。
それは剣を掲げた銀髪の若者でした。絵をよく見ると、星の勇者ベランジェ(アルベルト・クリスチャン作)と書かれていました。
ラミエールは水桶を玄関先に置いてくるとテーブルの前の椅子に腰をかけました。そして“星の勇者ベランジェ”を見つめています。
不思議な室内の様子にヴァイオラはラミエールを見ました。ラミエールはそれに気がつき笑顔で
「どう? ちょっと変わった部屋でしょう」
パラパラと屋根に当たる雨音が部屋に響いています。ラミエールは雨音を聞きながら
「この分だともうちょっと降りそうね」
そう言って目を閉じ雨音に聞き耳を立てていました。
「優しい雨の音…なんだか癒される。この音を聞いていると、悲しいことも忘れられそう」
ヴァイオラは雨で濡れた頬を手で拭きながら、
「お姉ちゃん、本当にありがとう。あのままだったら風邪を引いていたかも」
「そうそう、雨で濡れちゃったね。これで拭いてね」
ラミエールは気がついたように、タオルを差し出しました。
ヴァイオラはタオルを手に取ると雨で濡れた頭と顔を拭き、用意してくれた椅子に腰をかけました。
「リンゴでも食べようか?」
ラミエールは、そう言ってリンゴの皮をむくと皿にのせて持って来ました。
ヴァイオラは、だまってリンゴを見つめます。ラミエールは笑いながら、
「うふふ…ただのリンゴよ、白雪姫が食べたような怖い毒入りリンゴじゃないから…。ハチミツ入りで甘くて美味しいわよ」
ラミエールはそう言うと笑顔でリンゴをつまんで食べました。ヴァイオラも、少しずつリンゴを口にしました。
黙ってリンゴを食べるヴァイオラをラミエールは見つめていましたが…
「ヴァイオラちゃん…あなたも辛い思いをしたのね」
少し寂しそうにそう話しました。
ヴァイオラは心の中を見透かされたようでドキっとしてリンゴを持ったまま動きませんでした。
「うん…私はお友達が誰もいないの」
下を向いたまま、リンゴを食べ終えた。ヴァイオラにラミエールはニコニコしながら、
「どう? 美味しかった?」
ヴァイオラが顔を上げうなずくと、
「あ…あの、ラミエールさん…」
「うん? なあに?」
「ラミエールさんに会ってから不思議な事ばかり続く。それに、まるで私の事を昔から知っているみたい」
ラミエールは笑顔で…
「うん、私は少し変わっているからね、うふふ…。こんな暗い森に住んでいてめったに人前には出ていかないし…。
でもヴァイオラちゃんが遊びに来てくれて嬉しいわ」
「あの…ラミエールさんって本当に…」
ラミエールはヴァイオラの話を途中で遮るように、
「ヴァイオラちゃんも生活が大変だったようね…ねえ、一つだけ聞いてもいいかしら?」
ラミエールの質問にヴァイオラはドキドキしながら、頷きました。
「ヴァイオラちゃんの、本当のお父さんと、お母さんは?
今のお父さんとお母さんは、ルーセント連邦人よね。私には、あの農家があなたのお家のようには見えなかったんだけど」
ヴァイオラはドキリとして黙ったままラミエールを見つめました。
外では、ザーという雨音が響いています。やがてヴァイオラが、
「今のお父さんと、お母さんは、育ての両親なの、本当のお母さんはいるって聞いたけど、
私が生まれて1歳の時に、産んでくれた両親と分かれて預けられたらしいの。だから覚えていない」
ラミエールは悲しそうに、
「やはり、そうだったのね…でも今日から大丈夫よ、ヴァイオラちゃん。
寂しくなったらまた会いに来てくれるとうれしいわ…お姉さんも1人でいることが多いから。ふふ…仲良くしましょう」
そう言うと、ラミエールは紅茶を入れてくれました。紅茶の甘い香りが部屋の中に広がりました。
「ねえ、ヴァイオラちゃん。貴方の本当のお父さんと、お母さんの事を知りたい?」
ヴァイオラはびっくりして、不思議そうにラミエールを見つめていましたが、
「も…もしわかるなら、教えてほしいな」
ラミエールは頷くと、ゆっくりと窓を開けました。外ではまだ小雨が降っています。雨の降る森を見ながら
「まだ降っているわね…雨音が優しいわ。今日は、雨だけど、お友達が来てくれるかな」
ヴァイオラは不思議そうに、
「え? お姉ちゃんは1人でこの森に住んでいるんじゃないの? お友達がいるの?」
ラミエールはヴァイオラの様子に気がついた様に、
「あ…そうか、今から呼ぶのは人じゃなくて…そうね、ちょっと変わった、お客様なの…うふふ」
そう話すと、部屋の奥へと入って行きます。ラミエールが戻って来ると、白く厚い焼き物の皿の上に、乾燥したルナフラワーを持っていました。
ヴァイオラは不思議そうに花を見つめて、
「お姉ちゃん、それは確か玄関先に咲いていたルナフラワー?」
ラミエールはニコニコしながら
「そう、これはルナフラワーよ。月の恵みをいっぱい受けていて、幸せを運んできてくれる神聖な花なの」
乾燥したルナフラワーにランプの火をつけ燃やします。
ルナフラワーの煙から月の恵みなのか…煙の中で月の光がキラキラと小さなダイヤのように輝き、ハーブのような素敵なにおいがしました。
「お姉ちゃん…素敵なにおいがするね」
ラミエールは輝く煙を見ながら、
「部屋を神聖な空気に変えているんですよ。この花は月の恵みを受けているから、それを部屋に満たして、
お友達が入って来やすい環境に変えているの。もうちょっと待っていてね」
ルナフラワーから出たキラキラと光る煙が窓から出ていきます。
部屋中がキラキラとまるで晴れた日の夜空のように輝き始めると、ラミエールは窓先で手を組んで祈りを捧げました。
ヴァイオラは見たこともない光景に驚き、
『こんな事あるの? 私は夢でも見ているのかしら』
頭の中で考えがまとまりません。部屋中がキラキラと輝き始めて5分ほど、
森の中が騒がしくなり白い天使の輪のような発光体がいくつか現れはじめました。ラミエールは閉じていた目を開くと
「古木の精霊さんと、新緑の精霊さんですね、ここまで入ってきて」
白い天使の輪は消えたり現れたり、数多く空を飛んでいましたが、そのうちの2体ほど部屋に入ってきました。
ヴァイオラは何がおきているのかわからずただ、呆然と白い天使の輪のような発光体を見ていいました。
ラミエールは2体の発光体を見つめて
「森の精霊さん、お元気でしたか?」
話しかけると、2つの白い天使の輪は空中でクルクルと回っています。ラミエールは笑顔で
「森の精霊さん達に聞きたい事があるの。先日知り合った、ヴァイオラちゃんが今日家にきています。
テーブルの横に座っている、この子のお父さんと、お母さんを知らないですか?」
二つの白い天使の輪は強く輝き姿を現しました。一つはハスの葉ぐらいの大きさの緑の三角帽子をかぶった白髭のおじいさん。
もう一つは手のひらに乗るほどの大きさ、背中に羽の生えた少年で緑の服をきていました。
白髭のおじいさんは、ゆっくりと腰を下ろし、小さな少年は部屋中を飛び回っています。ラミエールはうれしそうに、言いました。
「2人とも部屋に入って来てくれてありがとう」
ラミエールの言葉に2人とも、うなずきました。それからラミエールはヴァイオラの方を見ると、
「この2人はこの森に住む精霊さんですよ。あなたのお父さんと、お母さんを捜すのを手伝ってくれるから怖がらなくて大丈夫。
あ…それから…今、見たことも内緒にしておいてね」
少年のような精霊はヴァイオラに近づくと
「ヴァイオラって言うんだね。僕はこの森で生まれたばかりの新緑の精霊だよ」
古木の髭を生やした精霊は、
「おいおい、女の子に気安く話しかけるもんじゃないぞい。ふふふ」
「えー。そんな…こんなにいい子なのに…古木のじいさんは、うるさいなあ」
古木の妖精は、
「ヴァイオラちゃんというのか…今日、ワシの前で雨宿りしておったが雨に濡れなかったかのう」
ヴァイオラは、何が起きているのかわからず、答える事ができませんでした。
ラミエールは古木の精霊と、新緑の精霊にヴァイオラの両親を知らないか訪ねました。
二人の精霊は顔を見合わせていましたが、やがて古木の精霊が、
「9年ぐらい前にエミリアーノ公国が領土を巡って攻めてきたじゃろ、そのとき、ヴァイオラのお父さんは、
ルーセント連邦政府軍に入隊していたらしい。隠れて森の中を進軍していくのをワシはみたぞ。
じゃが、エミリアーノ公国との戦いでこの森で亡くなったようじゃの」
カチコチ、カチコチ。時計の刻む音が響き、部屋が静まりかえっています。
しばらくするとラミエールが悲しそうに天井を見つめて、
「そう…残念だわ」
ヴァイオラはため息をついて
「私の本当のお父さんは、もういないんだ…。エミリアーノ公国との戦争で亡くなったのね。
この森がお父さんのお墓だったんだね」
ラミエールは何も言わずヴァイオラを優しく抱きしめました。ラミエールの肌のぬくもりがつたわって来ます。
『お姉ちゃんの暖かさが伝わってくる。お父さんにもこんな風に抱きしめてもらいたかったな』
ラミエールはしばらくヴァイオラを抱きしめた後、古木の精霊に
「ねえ、古木の精霊さん…ヴァイオラちゃんのお母さんは、わかるかしら?」
古木の精霊は、しばらく考えていましたが
「ワシはもう年じゃからのう、そんなに遠くへ出かける事はできんのじゃ。
若い精霊なら何か知っているかもしれん、やつの方が足も速いし、情報は早そうじゃ」
新緑の精霊は、
「うーん…僕もヴァイオラのお母さんは、よくわからないけど…ちょっと待っていて、森の仲間達に聞いてくる。
ヴァイオラ…ラミエールさんと仲良くするといいよ。素敵なお姉さんだから」
そう言うと新緑の精霊は小さい手でヴァイオラのほおをなでました。触られるとちょっと暖かい不思議な感じがします。
ヴァイオラは顔を上げて少しだけ頷きました。そして、
「みんなありがとう…」
ポツリと言いました。ラミエールは
「新緑の精霊さん、お願い、ヴァイオラちゃんのお母さんを捜してきてね」
新緑の精霊は白い天使のような輪に姿を戻すと開いた窓から出て行きました。
雨脚は弱まってポツポツという音に変わっていました。
▲▲▲▲ 2014年6月8日 次回に続く ▲▲▲▲