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翼のない天使 第5章
企画・原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと/橘 かおる
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古木の精霊はヴァイオラを見つめて、
「幼いのに毎日のように、水くみ大変じゃったのう。大きな水桶を運んでいるようじゃが…大丈夫かの?」
ヴァイオラは古木の精霊に見られていた事にどぎまぎしながら
「あの、水桶がとっても重くて…その…」
うまく受け答えができずません。ラミエールは紅茶を入れながら古木の精霊に、
「ヴァイオラちゃんは半分エミリアーノ人だから色々と苦労が多いみたいなの。
耕作牛に水を与えるために、毎日のように大人でも重たい、水桶を運ばされているみたいで、気の毒なの」
ラミエールは、ヴァイオラの側に座ると、
「つらい事が色々あるけど、紅茶でも飲んで新緑の精霊さんが帰ってくるのを待とうか?
きっと良い知らせが届くわ」
ラミエールの笑顔に、ヴァイオラも思わずほほえみました。湯気の立つ紅茶を飲みながら
「水桶を運んでくれたり、クッキーをくれたり…お姉ちゃんは、私を守ってくれた初めてに人。
本当のお姉ちゃんみたい」
ラミエールは笑って、
「私がヴァイオラちゃんの本当のお姉さん…か。もし、私がヴァイオラちゃんの家族だったら私の事、変に思う?」
ヴァイオラは首を横に振ると、
「お姉ちゃんに、不思議な魔法の使い方を教えてもらうの」
古木の精霊は笑いながら
「フォッフォッフォ…素敵なお姉さんで本当によかったのう」
ヴァイオラはルナフラワーの煙から出た、月の光で照らされたダイヤモンドのように輝く部屋を見て、
「まるで星空の下で、お姉ちゃんや精霊さんとおしゃべりしているみたい。こんな毎日が続くといいな」
ラミエールは下を向いて
「ヴァイオラちゃんは素直な子ね…こんな平凡な毎日が続くといい…か…」
そして、テーブルの上にある天使のカードを見つめました。
数分後、開いた窓から白い天使の輪が入ってきました。古木の精霊は、
「おお、帰って来たようじゃの、収穫はあったかの?」
新緑の精霊は姿を現すと恥ずかしそうに…
「あ、あの…ヴァイオラのお母さんの名前ってなんだったっけ? 名前を聞くのを忘れた」
ラミエールと古木の精霊はクスクスと笑い
「新緑の妖精よ、慌てすぎじゃ」
「ゴ…ゴメン、僕、生まれたばかりで、元気だけど、おっちょこちょいなんだ」
ヴァイオラは不思議そうに新緑の精霊を見ていましたが、
「新緑の精霊さん、雨の中、探してくれてありがとう…今、育ててもらっている継母の話だと、
私の本当のお母さんはクラーラっていう名前らしいの。クラーラ・ジュピリという名前らしくて」
ラミエールは新緑の精霊に、
「クラーラさんですって」
新緑の精霊は額の汗を拭きながら
「わ、わかった、今度は間違えないから。じゃ…今度こそ聞いてくるね」
再び白い天使の輪に戻ると窓から慌てて出て行きました。古木の精霊は、
「全く、騒がしい奴じゃのう…まあ元気なのは良いが…」
ラミエールは慌てて出て行く新緑の精霊の後ろ姿を見つめて、呟きました。
「生まれたばかりの元気な精霊さん…本当のお母さんに会えたらヴァイオラちゃんにもあの元気が伝わるといいわね」
『お姉ちゃんって本当に不思議な人…まるで何もかも知っているみたい』
ヴァイオラは不思議そうにラミエールを見つめていました。
ルナフラワーの燃えかすが小さな煙をあげていました。ヴァイオラはルナフラワーを見ながら
「お姉ちゃん、ルナフラワーの種ってどこで売っているの?」
ラミエールはニコニコしながら
「この花は、私の姉からもらったものなの」
「お姉ちゃんにも家族がいるんだ…いいな…。ラミエールさんは、お姉さんとはよく会うの?」
ラミエールは少し考えてから、
「うーん、まあ、殆ど毎日会おうと思えば会えるわ…姉は猫が好きだから猫を飼っていたら帰ってくるかもね…」
ヴァイオラはうれしそうに、
「ラミエールさんのお姉さんも猫が好きなんだ…私も好き…
今のお母さんは動物は家畜だけで十分っていつも話しているけど」
ラミエールが紅茶を飲み終えると、窓から天使の輪が入って来ました。古木の精霊は
「おお、お疲れじゃったな…今度は話がつかめたかのう」
新緑の妖精は姿を現すと、
「森の仲間が、クラーラさんを知っているって話を聞いたよ」
ヴァイオラの顔が輝きました。
「私の本当のお母さん、生きているの?」
「うん…詳しくはわからないけど、森の精霊達が見たとか知っているって…」
「よかったわね、ヴァイオラちゃん」
ラミエールは笑顔でヴァイオラの手を握りました。そして…新緑の精霊に、
「新緑の精霊さん、今日はありがとう。ヴァイオラのお母さんはどこに住んでいるのかわからない?」
新緑の精霊は元気に答えました。
「うん、森の仲間が知っていた…クラーラさんは首都のルベール市で懸命に働いているって…。
いつか娘を自分の元に引き取り幸せにしなければ…そんな思いで夜も働いているみたいだよ」
パラパラ…外では雨が止みはじめています。ヴァイオラは嬉しそうに、
「私の本当のお母さんに会えたら色々と聞きたい事があるな…どうして私を今のお母さんのところに預けていったのとか、
それから一緒にルベールの町も歩いてみたい」
ラミエールは笑って…
「ヴァイオラちゃんの思いはよくわかったわ。お母さんは夜も働いているのね。
私の姉なら何か知っているかも知れないから…。今度、姉に聞いてみるね」
ヴァイオラは驚いたように…
「ラミエールさんのお姉さんは、ルベール市に住んでいるの?」
ラミエールは少し寂しそうに
「うん…私の姉はね、安らぎを求める人のところに行くの…ルベール市の人々は今、どんな状況なのかしら」
いつの間にか雨はやんでいました。ヴァイオラは、2人の精霊を見つめて、
「森の精霊さん達、ありがとう。少し元気がでました」
新緑の精霊は、
「なーに、おやすいご用だよ。また会って話がしたいな」
古木の精霊も
「お父さんは残念だったが、お母さんは見つかりそうじゃな。フォフォフォ…いいことじゃ。
ワシは古木じゃから、ヴァイオラがお母さんに会うまでに枯れてしまいそうじゃ。
ヴァイオラちゃん、早くお母さんの元へ戻れるといいのう」
そう話すと、2つの精霊は天使のような白い輪に戻り窓から出て行きました。
ラミエールは森の中に消えていく天使の輪を見送りながら、
「帰っていっちゃったね…」
「う…うん…でもまた、お友達ができちゃった」
「ふふふ…素敵なお友達だったね」
ラミエールはヴァイオラを見ると、
「さ、暗くなってくるし、水桶を運んでいこうか?」
ラミエールとヴァイオラは庭に出ました。森は薄暗く雨は止んでいます。
時折、雨のしずくが木々の葉から流れ落ちるだけです。水桶は雨水でいっぱいになっていました。
ラミエールは水桶を少し傾け雨水を流しました。その後、手がキラキラと光り、光った手で水桶を、
小さな花を摘むように軽々と持ち上げました。
「ヴァイオラちゃん…この桶、森の出口まで持っていってあげるね」
薄暗くなった森を2人は歩いて行きました。ラミエールは
「早く、お母さんに会えるといいね。私もヴァイオラちゃんができるだけ早く、
お母さんの元へ帰れるよう、姉に頼んでみるね」
ヴァイオラは、だまって頷きました。苔むした谷を通り、丸太の橋を渡り、歩いて数分で森の出口につきました。
午後6時頃でしょうか…空を見ると雲の間から少し月が見え隠れします。ラミエールはヴァイオラの頭をなでて、
「さ…今日はここまで、また会おうね…お月様が出てきているから早く帰って休みなさい、お姉さんも休むわ」
ヴァイオラはうなずくと、桶を受け取りました。
「お姉ちゃんありがとう、ラミエールのお姉ちゃんにも会いたいな」
ラミエールは笑って…
「私の姉? ふふ…きっともうすぐ会えると思うわ。
ヴァイオラちゃんのような良い子なら喜んで会ってくれると思うわ」
そう話すとラミエールは森の奥へ帰って行きました。
ヴァイオラはまるで中が空のように軽い水桶を持って家へと歩いていきました。牛舎まであと2分…
「こんなに桶が軽いなら毎日でも水くみが楽なんだけどなあ、お姉ちゃんに魔法の使い方を教えてもらえないかな」
ヴァイオラが水桶を持って牛舎の前まで来ると、水桶はだんだんと重くなってきました。ヴァイオラは驚き、
「あれ? 水桶が軽くなる魔法が切れてきたのかな…重くなってきちゃった」
慌てて牛舎に入ると、耕作牛が
「モー」
と鳴きました。山羊も奥の方からヴァイオラを見ています。ヴァイオラは重くなった水桶をおろして
「みんな、ただいまー」
元気に動物達に声をかけました。
▲▲▲▲ 2014年6月16日 次回に続く ▲▲▲▲