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翼のない天使 第6章
ルーセントシリーズ
企画・原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと/橘 かおる
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ここは石造りの神殿。黒いカーテンが閉じられた部屋の奥。
魔法陣の描かれたテーブルの前に漆黒の翼を持つ堕天使が黒水晶を手に持ち目を閉じています。
テーブルの上のローソクの炎が漆黒の翼の天使をうっすらと照らしていました。漆黒の翼の天使は、冷ややかな声で、
「ふふふ…見える、見えるぞ…憎きルーセント連邦の奴らが復興している姿が…」
そして厳しい表情になり
「ふーむ。結核の流行や戦争程度では、滅びなかったか…今度こそ憎きルーセント連邦を地上より消し去ってやる。
地図におまえ達の国名が記されているのも、あと数年だ」
薄暗い部屋の中、漆黒の翼の天使は立ち上がりました。
「アンジェロ…今は寂しいかも知れないが、地獄をルーセント連邦のやつらの魂で賑やかにしてやる…待っていてほしい」
黒い翼の天使は暗闇の中へ溶け込むように、神殿の奥へと消えていきました。
隣国エミリアーノ公国の大会議室。
エミリアーノ公国では、どうやって経済を立て直すべきか大きな課題となっていました。
資源、豊富な工業力はありましたが、工業品を生産しすぎたため、物価が下落して困っていました。
国を治める、クレメンテ・エミリアーノ大公の周りを大臣と貴族150人ほどが取り囲んで話し合いが進められていました。経済担当大臣が、
「クレメンテ大公殿…我がエミリアーノ公国では経済が疲弊しています。民は物が売れずに悩んでいます。
また経済の不安定さから民の不安と不満もたまっており、失業者があふれ、治安が悪化しつつあります」
クレメンテ・エミリアーノ大公は経済担当大臣に、
「大臣、物資の売れ行きが悪く、在庫が積み上がっているとの事だが…原因は?」
経済担当大臣は、ため息をつき
「はい、工業品が過剰生産となっておりまして商品価格の下落に歯止めがかかりません。
例えば鉄鋼を500キロ販売しても利益はわずかなものでワイン1~2本しか買え無い状況です」
「ふむ…過剰生産で民の不満がたまっているか…。工業品を消費する大きな需要が必要だな」
「はい…思い切って、大量に通貨を発行するという方法もありますが…」
「鋳貨に含まれる銀の比率を下げるのか?」
クレメンテ大公の発言に大きな会議室は静まりかえっています。やがて大公は顔を上ると、
「ふむ…悪貨の大量鋳造はかえって経済を混乱させる原因になる。さらに経済が混乱すれば民は内乱を起こすかも知れない」
ザワザワ。貴族達のざわめき声が会議室に広がりました。クレメンテ大公は、しばらく考え込んでいましたが、
「よし…やや危険を伴うが35年前、我が国を裏切ってルーセント連邦に加盟したメビウスの地方を取り戻すべく
隣国ルーセント連邦へ戦争を仕掛けよう。戦争で過剰生産の工業品は大量に消費できる。
失業者達も兵士として訓練し戦場で要塞や土豪を掘らせよう。失った土地を取り戻せば、若者の目には炎がともる。
失われた土地を取り戻せば、民は我々を支持して国の経済も政治基盤も安定する。我が国の軍事力ならルーセント連邦の首都、
ルベールを制圧するまで2~3週間位だろう…損失は知れている」
静かだった会議室では拍手が鳴り響き、会議は終了しました。会議室から出たクレメンテ大公はため息をつくと、
「ふう…今、我々がもっとも気をつけなければいけないのは、我が国の民だ。この国の将来はどうなっていくのだろう…不安だ」
その日の夜、クレメンテ大公は寝室にもどると壁に掛けられた父の肖像画を見て…9年前の戦争を思い出していました。
「父上、35年前、我々を裏切ってルーセント連邦についたメビウス地方を許しません。そして我々を裏切ってルーセント連邦府についたアンジェロ一族も」
ボーンボーン…。時計の午後10時を知らせる音が響きます。そのとき、クレメンテ大公の後ろから声が聞こえました。
「そうだろう、戦争の原因を作り、父の命を奪ったルーセント連邦が憎いだろう」
クレメンテ大公はドキリとして、一瞬身動きができませんでした。ゆっくりと後ろを振り返りました。
ランプと蝋燭、月の薄明かりの中、寝室のドアの前に黒い水晶玉を持った女性が立っています。大公は驚き、
「いったい…いつの間に…君は何者だね」
女性はクレメンテ大公の元へゆっくりと近づきます。薄明かりの中、女性の背中にはカラスのような黒い翼が生えていました。
時計の針が静かに時を刻む中、女性は口を開きました。
「クレメンテ大公殿、お初にお目にかかります。私は復習の天使 ガデーアといいます。
大公殿、あなたが思案しているルーセント連邦への報復は正しいと思います。35年前にルーセント連邦に奪われた大切な領土を今こそ奪い返すのです。
大公殿の御尊父を裏切り、ルーセント連邦に加盟して、多くの家族が住む土地をルーセント連邦に没収され、
なくなくエミリアーノ公国に戻った民の悲しみを忘れてはいけません」
クレメンテ大公は驚き
「どうやら復讐の天使というのは本当のようだな。私の考えを見抜いているとは…。しかし…君は一体…」
ガデーアは1歩前に近づくと…
「もし、ルーセント連邦に奪われた土地を取り戻す事ができれば…経済は活気づき、多くの若者達の目に炎がともるでしょう。
工業力、軍事力では我がエミリアーノ公国がルーセント連邦府を上回っています。
戦に勝利すればエミリアーノ公国は今後の繁栄を約束されたようなものです」
クレメンテ大公はガデーアを見つめて、
「確かにガデーアの話した通りだ。国境からルベール市まで120キロ程度…我々の軍事力ならよほどの抵抗がない限り3週間で
制圧できるだろう。だが…一つ問題がある」
クレメンテ大公は亡き父の肖像画を見ながら、
「ルーセント連邦の首都ルベール市を制圧するにはメビウス地方を完全に制圧しなくてはならない。
メビウス地方は雨が多い上に山が急峻…そして大きな森がある。問題はあの森だ…」
クレメンテ大公は右手の拳を握りしめ、
「あのメビウスの森を9年ほど前、父が率いる我が軍は襲撃した。
私はそのときまだ11歳だったから、よくわからないが、前線の兵士の証言によると、あの森で悪魔が出たとの事だ。
見たこともない恐ろしい悪魔は不思議な魔法を操り我が軍を攻撃。思わぬ敵の出現に我が軍が混乱したという。
そのとき、森に潜んでいたルーセント連邦軍が遊撃戦をしかけ父は運悪く銃弾を被弾、撤退する事となった。
この悪魔は今でもルーセント連邦に潜んでいるのかどうかはわからないが…やはり兵士の士気に関わることは間違いない」
ガデーアは注意深くクレメンテ大公の話に耳を傾けていましたが、
「大公殿、悪魔の魔力など恐れるに足らずです。大公殿が本気でルーセント連邦を攻めるなら、私が力をお貸ししましょう。
その悪魔を私の剣で切り裂いてみせましょう」
そう言うと、ガデーアの手が光り何も無い宙から見たこともない剣を取り出しました。
剣はまるで血のような色をして赤く磨かれたルビーのように輝いています。ガデーアは不気味に笑うと、
「クックック…。大公殿、この赤い剣は血を吸うのです。血を吸えばすうほど剣の切れ味は増していき数百人も切れば、
ダイヤモンドですらバターのように切ることができます。これで、例え悪魔が出たとしても簡単に切り裂くことができるでしょう」
カチコチ、静まり返った部屋の中で時計を刻む音だけが室内に響いています。ガデーアは続けました。
「大公殿、この剣はさらに不思議な力を秘めております…お見せしましょう。ハッ」
ガデーアが剣をふるとその先にあった木製のできたテーブルが突然、燃え始めました。クレメンテ大公は驚き、
「な…なんだこの剣は、火を噴く剣なのか?」
ガデーアは笑いながら
「ははは…私は復讐の天使…これぐらいの事は簡単です。
いくら鉄砲であなたを狙おうともこの剣で一降りもすれば200~300m先の兵士達は500度を超える
猛火につつまれ引き金を引くこともなく息絶えるでしょう。それに私は人間ではなく復讐の天使…銃弾ごときでは蚊に刺されたようなものです」
クレメンテ大公はメラメラと燃えるテーブルを見つめていました。
中央のテーブルはあっという間に燃え尽きて炭となり崩れ落ちてしまいました。タイル張りの床は黒く焦げています。
「ふむ、この不思議な剣があれば、ルベール市を制圧する最大の障害も攻略できそうだ…
ガデーアの力が我が軍には是非とも必要だ…もし協力してくれるなら金はいくらでも出す」
ガデーアは笑いながら、
「私は復讐の天使、人間ではないのです。報酬など全く必要ありません。
クレメンテ公爵殿、ルーセント連邦の侵攻に何も悩む必要はありません…。失った土地を奪い返すだけの事です。
大儀は貴国にあります。私が我が軍の前線に立ちましょう。あのルーセント連邦は呪われている…。
クレメンテ様の承諾なく、アンジェロ一族はメビウス地方をルーセント連邦に売り渡しました…
そして、あなた方が先祖代々、大切にしてきた土地や森を開墾し自然を痛めつけた。
その結果…19年前ルーセント連邦では結核が流行り多くのルーセント連邦の人間が死の裁きを受けました。
今度は、あなた方が直接、裁きを与えるのです。この戦の大儀はあなた方にあります」
クレメンテ・エミリアーノ公爵は亡き父の肖像画に向かって、
「父上、ようやく私の決意は固まりました。例え、我々の前に悪魔が立ちはだかろうとも、
父上が果たせなかった思いを私が果たしてみせます」
ガデーアは頷くと
「私はクレメンテ大公の最大の力になります。共に失われた土地を取り戻しましょう」
そう言うとガデーアは窓をあけ、月明かりの差す中、黒い翼を広げて空へ飛んでいきました。
その様子はまるで大きなカラスが夜空を舞っているようでした。クレメンテ大公は夜空に消えていく復讐の天使を身動きもせずみつめていましたが、
やがて姿が見えなくなると振り返りました。そこには黒こげとなったテーブルがあり、崩れ去り所々、ブスブスと燃えかすが残っていました。その時、
「クレメンテさん、お父さんの命を奪った戦争は悲しい出来事です。しかし、暴力をもって平和を得るのは難しいでしょう。
貴方に少しでも慈悲の心があるのなら戦争を仕掛ける前に再考してみてください。罪を許すのは正しい知識と心です」
クレメンテの耳元で若い女性の声が聞こえましました。
▲▲▲▲ 2014年6月24日 次回に続く ▲▲▲▲