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翼のない天使 第9章
エンジェルシリーズ
企画・原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと/橘 かおる
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数日後の夜、クラーラは仕事を終え一人、公園で休んでいました。夜遅い公園には誰もいません。
夜空には大きな月が浮かんでいます。クラーラが思っているのはいつも1歳の時に別れたヴァイオラの事ばかりです。

『あの子は今、どうしているのだろう。マティアさんは娘を大切に扱ってくれているだろうか。
 また手紙を書いてマティアさんへ送ろうかしら。ヴァイオラ、あなたを一人にしてごめんなさい』

その時、公園のどこかで、

「ニャー」

猫の鳴き声がします。黒猫が噴水の陰から現れクラーラの足元に近づいてきました。
そして、ジーとこちらを見つめています。クラーラも黒猫をみつめて、

「まあ、可愛い黒猫ちゃん。魔女の使いじゃなければいいけど…」

クラーラが黒猫を見ていると、黒猫の後ろから、ボンヤリとブロンドの髪の女性が現れました。
クラーラは驚きました。この世の者とは思えない形容しがたい美しい女性でした。女性の足元に黒猫は寄り添いました。女性は優しい声で、

「あなたがクラーラさんですね?」

クラーラは寒さも忘れてただ美しい女性をみつめていましたが、

「あ…は、はい、そうですが…」

クラーラは、ゆっくりと答えました。女性は黒猫を抱きかかえると、

「私は月の女神ディアーナといいます。今日は貴方と、貴方の娘さんについて、良いお知らせをするために地上へ降りてきました

驚いているクラーラを見つめながらディアーナはゆっくりと話し始めました。

「私の妹から、あなたの娘ヴァイオラさんの様子を伺いました。ヴァイオラさんは寂しがり屋で貴方に会いたがっている様子です」

クラーラはびっくりしたように、

「ディアーナ様の妹さんはヴァイオラを知っているのですか?
 貴方様は一体、どなたなのですか? つ…月の女神様って一体?」

ディアーナは笑顔で、

「月の女神は、皆様の愛や優しさの奥に住んでいるんですよ。
 だから誰でも魂の神性に気がつけば自由な天使になれるのです」

クラーラはどういうことなのか分からず何も答えられませんでした。ディアーナは静かにクラーラを見つめて、

「クラーラさん、お伺いしても良いですか? 娘さんに再会してみたいと思いませんか?」

クラーラは恐る恐る答えました。

「娘にもし会えるのなら会いたいです。でも戦争で夫を失い。私は1歳の娘をマティアさんの元へ、預けてきてしまったのです。
 戦争とはいえ、こんな情けない母親を娘は許してくれるでしょうか?」

「そんなに自分を責めてはいけません。妹の話では、娘さんは貴方に会いたがっているようです」

クラーラは、

「本当ですか? 娘の本心がもしそうなら本当に嬉しいけれど、でも今の私にはお金がありません。
 娘を引き取っても満足な暮らしをさせてあげる事も出来ないのです」

クラーラは涙をこぼしながら言いました。ディアーナはクラーラの様子を見ていましたが、やがて

「クラーラさん、お金の問題ならあまり心配する事はありません。これを見てください」

そう話すと、ディアーナの手が光り青い美しい花が現れました。

「この花はルナフラワーといいます。月の光を浴びると咲く、地上には無い花です。
 月の恵みをいっぱいに受けていて、この花を乾燥させて焚くと、部屋はたちまち、月の恵みで輝き神聖な空気に包まれます」

クラーラは驚いてディアーナとルナフラワーを見つめていました。そしてゆっくりと口を開きました。

「あ…貴方は本当に月の女神様なんですね」

ディアーナはうなずくと、

「この花の種を貴方にあげましょう。育て方は簡単です。夜に種をまき、水を与えるだけ、あとは月の光を浴びると自然と咲きます。
 神聖な花なので教会や王室に飾ると良いかもしれません。月の恵みで空気をどんどん浄化してくれます。
 地上でこの花を育てているのは私の妹だけですから、どこにもありません。
 この花を育てて売り、そのお金で娘さんと暮らすと良いでしょう」

ディアーナに抱かれていた黒ネコが飛び降りクラーラの側に近づくと

「ニャー、ニャー」

と何度か鳴きました。ディアーナは嬉しそうに、

「あら、黒猫君も、ルナフラワーの花屋さんは素敵だと思うのかな?」

黒猫は黙ってクラーラの側にすり寄ってきました。

「まあ、この黒猫は月の女神様の飼い猫ですか?」
「この子は冬の夜に拾ったんですよ。かわいそうな子で…でも優しい猫なんです」

ディアーナはクラーラに近づくと、

「黒猫もクラーラさんが気に入ったようですね。あなたにルナフラワーの種を渡しておきましょう」

そう言うと手が光って革袋が出てきした。中には、キラキラと輝くルナフラワーの種が沢山詰まっていました。

「地上にはない月の恵みの種です。大切に育てて下さいね」

ルナフラワーの種を受け取ったクラーラは頭を下げ、

「月の女神様、本当にありがとうございます。大切なこのお花を育てられるかどうか分かりませんがやってみます」

ディアーナは笑みを浮かべ

「うふふ…何も心配はいりませんよ。強い花ですから水と月の光を与えていれば自然と咲くでしょう。
 でも、それだけだと、少し心配ですから、これも差し上げましょう」

ディアーナが指をパチンとならすと足元に小さな青い石がパラパラと夜空から落ちてきました。
月の光りで、石畳はまるでサファイヤが散らばっているように青白く光っています。ディアーナは、

「この青い水晶のような石は月のかけらです。神聖な貴石で魔を振り払う力があります。
 この石をアクセサリー屋さんに持って行って下さい。きっといい金額になると思います。
 そしていつか娘さんと一緒に夜に開店する月の花屋さんを開くと良いでしょう」

クラーラは夢を見ているかのようでした。


その頃、隣国エミリアーノ公国ではクレメンテ・エミリアーノとガデーアの指揮の下、
ルーセント連邦に軍事侵攻する準備を始めていました。大砲や弾薬が増産され、武器庫に運び込まれています。
ガーンガーン、兵士達は大砲射撃の訓練を行っています。クレメンテ・エミリアーノは満足げに、

「やっと父上の敵を討つときが来た。電撃戦を仕掛ければ2週間度で失った領土を取り戻す事ができるだろう」

クレメンテ・エミリアーノの側近となったガデーアは、

「いよいよ決戦の時ですね。貴方がこの国の支配者として指揮し国を繁栄に導いていくのです」

2人は静かに笑いました。



▲▲▲▲2014年7月15日 次回に続く▲▲▲▲