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作品名:
月の女神と白い子猫
シリーズ:エンジェルシリーズ(第5部)
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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 昔々の中央ヨーロッパの国。エミリアーノ公国の北にバルデアーノという小さな町がありました。
石畳の通りが整備され、町の中央には大聖堂が建ち、公園には美しい花々が咲くこの町は、人々から理想の町と呼ばれていました。
しかし、それは表向きの姿であり黒猫にとっては受難の町でありました。
なぜなら、黒い猫は闇に溶けるようなその姿から悪魔の使いとされ、呪われた存在として忌み嫌われているからでした。


 12月―。小雪が舞う中を、やせ細り傷だらけになった黒い猫が歩いています。すると突然バシャ!後ろから氷のような水をかけられ

「悪魔の使いめ!さっさとお行き!」

とどなり声が聞こえてきます。黒い猫は全身ずぶぬれになりながら、振り返りもせずにヨロヨロと町の中を歩いて行きました。
日が沈み吹雪がさらに激しくなってきました。ピュー。石畳の隅に雪が積もっている通りを身の切るような風が吹き抜けていきます。

「何日も食べてないし、寒くて死にそうだ。もう感覚もなくなってきた」

 通りを歩いていると、いい匂いがしてきます。匂いのする先には家があり窓から明かりが漏れていました。
家の窓から中を覗いてみると、暖炉には温かい炎がゆれ、テーブルの上に美味しそうな料理が並べられています。
暖炉の前には白い猫が座り男の子が背中を優しくさすっていました。男の子は白い猫をなで続けていましたが顔をあげて

「ママ?どうしてシャロンはこんなに可愛いの?」

ママはシャロンに近づくと

「白い猫はね、神様の使いなの」

と言いました。男の子は不思議そうな顔をしてシャロンを見つめていましたが

「ふ~ん。神様の使いか」
「そうよ。だからサミュエルも白い心を持った大人にならなければいけないの」

そう言って、ママはニコニコと男の子の頭をなでました。

 その様子を見て、黒い猫は

『そういえば、生まれたばかりの頃は自分も母ちゃんにおっぱいを飲ませてもらったな』

目の前に、幼い頃の楽しかった日々が思い浮かんできます。母ちゃんを見つめながら僕は

「母ちゃん、どうして母ちゃんはそんなに暖かいの?」
「お前の事が好きだから、暖かいのよ」
「ふ~ん。好きだからか…」

黒い猫はため息をつき、しおれた花のように黒い石畳を見ながら

「あの頃は楽しかったな。でも母ちゃんは人間に捕まってしまった」

吹雪が舞う中、うつむいていると

「見ろ!悪魔の使いがいるぞ」

吹雪の中を石が飛んできてゴチン。黒い猫は石をぶつけられて頭がクラクラしました。

『この町にいても辛い事ばかりだ。誰もいないところに行こう』

黒い猫は空腹と痛みで二重に見える通りをヨロヨロと歩き町はずれの薄暗い森の中へ入って行きました。


 森の中を歩いて行くと小高い丘に出ました。いつの間にか雪が止み雲の切れ間から月が輝いています。
黒い猫は丘の上に座り月を眺めてポツリと言いました。

「白い猫はいいな。自分はどうして黒猫なんかに生まれたんだろう」

暖炉の側で暖まる白い猫の幸せそうな様子を思い浮かべながら

『シャロン…かあ。僕にも、せめて名前があったら』

月をジーと見つめていると月光の中から突然、白い衣を着たブロンドの髪の女性がボンヤリと浮かび上がってきました。
 月の光の中から浮かび上がった女性は頭に花輪をかぶり静かに立っています。女性は黒い猫に優しい声で聞きました。

「そんなに、やせ細って傷だらけでどうしたの?」

黒い猫は何が起きたのか分からず呆然と見つめていましたが、ふと我にかえり訊ねました。

「あ…貴方は誰ですか?」

美しい女性は笑顔で

「私は、ディアーナ。月の女神ですよ」

ディアーナは黒い猫を優しくなでて、やがてゆっくりと抱きかかえました。

「寒い中、いままでよく辛抱しましたね。辛かったでしょう」

そう言って背中をさすります。黒い猫はドキドキしながら

「ぼ、僕は悪魔の使いです。月の女神様は何故そんなに親切にして下さるのですか?」
「貴方が幸せになって欲しいからです」

ディアーナの温かい手のぬくもりが伝わってきます。黒い猫はだんだんと眠くなってきました。
黒い猫がディアーナを見上げると、夜空を白く輝く星が流れていきます。ディアーナの優しい瞳を見つめながら

「女神さま、どうか教えてください。ここに来る途中、家で飼われ家族から愛されている白い猫を見ました。
 それに比べて僕は色が黒いから嫌われてばかりです。
 どうして黒いネコの命は粗末に扱われて、白いネコの命は大切にされるのでしょうか?」

ディアーナは黒い猫を抱きしめながら優しい声で

「命は命だからその重みはみな同じですよ。命はね、みんなの優しさで支えられて居るんです」
「優しさで、支えられている?」
「そうですよ。みんなは支え合って生きているんです。貴方も、こうして支えられているのだから、もっと自分を好きになって下さい」
「自分を好きになる…黒い猫の僕には難しいです」

黒い猫の様子を見ながらディアーナは言いました。

「そうかしら、今のままでも貴方は十分すばらしいと思うけど」

黒い猫は不思議そうにディアーナを見つめて

「ど、どうして素晴らしいなんて思うのですか?」
「貴方は、みんなに愛されたいと思っているからですよ。だから、貴方は幸せになって欲しいのです」

黒い猫は俯きながら

「女神さま、黒猫の僕が幸せになるにはどうしたら良いのでしょうか?」
「幸せはね、皆の幸せを願う人の元にやって来る天国からの贈り物なのです」

黒い猫はディアーナに顔をうずめて

「命は優しさで支えられているか…女神さま、ありがとう」

黒い猫はゆっくりと目を閉じ、その後再び目をあけることはありませんでした。
ディアーナは冷たくなっていく黒い猫をいつまでも抱いていました。


 春の訪れが近づいた満月の夜。ディアーナは誰もいない、白い花が咲き乱れる谷を歩いていました。白い花を眺めながら

「あの黒い猫はどうしたのだろう。幸せになっているだろうか」

そうつぶやいた時、女神の前にボンヤリとあの黒い猫が浮かび上がって来ました。
黒い猫はディアーナの足元に寄りそうように立っていました。

「まあ、帰ってきたんですね。こんな夜遅くにどうしたの?」

黒い猫は黙ってディアーナを見つめていましたが

「月の女神様。僕は黒い猫として生まれてきたため必要の無い命で一生を終えてしまいました。
 でも最後に幸せとは何かを教えていただきました。僕は次の人生こそ女神様のような方に可愛がってもらいたいと思います。
 だから…こんど生まれ変わるときは白い猫に生まれ変わらせて下さい」

ディアーナは静かに笑いながら

「貴方は毛の色は黒いけど、心の中はこの花のように真っ白だからそのままで良いのですよ。貴方は、貴方のままで良いのです」

ヒュー。吹き抜ける風と同時に、花々がうなずき合うようにゆれました。



▲▲▲▲ 2014年3月31日次回に続く ▲▲▲▲