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作品名:優しさのパティシエール
シリーズ:パティシエールシリーズ(第1部)
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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大きな森の中に小さな洋菓子屋さんがありました。この店を開いているのは小学生の女の子です。
茶色のロングヘアーに、色白で大きな目のほっそりとした女の子で名前はパトリシアといいます。
パトリシアはまだ小学生、店の経営は大変でしたが、得意の洋菓子作りで少しずつお小遣いを稼いでいました。
パトリシアの家は貧しかったため幼い頃から働かないと生活ができなかったのです。
パトリシアの両親は家が貧しいので働きに出ており家には滅多に帰ってきませんでした。
その為、パトリシアは勉強がしたくても、学校に通うことも出来ません。ため息をつき
「あーあ、お金持ちっていいな。私も学校に通って勉強がしたい。そして、お友達を沢山つくりたい」
月曜日のある日。店の留守番をしているとおしゃれな洋服の男の子と女の子が手をつないで歩いて行きます。
「仕事に追われてお友達もできないし、今年の誕生日もひとりでお店の留守番するのかな」
次の日曜日はパトリシアの誕生日なのです。パトリシアは仕事に追われお友達を作る時間もありません。
お父さんもお母さんも仕事で家にいないので、パトリシアの誕生日をお祝いしてくれる人は誰もいませんでした。
その日の夜、お月様の明かりに照らされた店の扉があきました。よく見ると小さなネズミのお客様です。
「まあ、ネズミのお客様だわ。いらっしゃいませ」
パトリシアは笑顔で挨拶をしました。ネズミはモジモジしながらパトリシアに、
「スミマセン。おなかが空いちゃって倒れそうなんです。お金はこれだけしか、ないのですが何か食べさせてもらえないでしょうか?」
ネズミははずかしそうに顔を赤くしています。その様子を見て、
『まあ、可哀そう。よほど困ってこの店に来たのね』
パトリシアはニコニコしながらネズミにレアチーズケーキを渡しました。ネズミは顔を赤くくしながらケーキを受け取りました。
「こんな僅かなお金でケーキを売ってくださってありがとう。どうして貴方はそんなに親切なのですか?」
「いいえ、みんなに少しでも喜んでもらえたら私は嬉しいのです」
「なんて親切なケーキ屋さんなんだろう。本当にありがとうございます」
ネズミはていねいにお礼を言うと帰っていきました。パトリシアは満足そうにネズミを見送りました。
次の日の夜。仕事も無事終わり、店じまいをしていると、貧しい身なりのサルの親子がフラフラと入って来ました。パトリシアは驚いて
「まあ、サルのお客様、大丈夫ですか?」
「お金がなくて今日は何も食べていません。お恥ずかしいのですが何か食べるものを分けてください」
『まあ、フラフラになるまで何も食べていないなんて』
パトリシアがショーウィンドウを見つめると真っ赤なティーゼリーが、売れ残っていました。
「ティーゼリーが残っています。もしよろしければこれを食べてください」
サルの親子はほっとした様子でティーゼリーをもらうとその場であっという間に食べてしまいました。
「ありがとうございました。このご恩は忘れません」
親子はやせ細った手でパトリシアの手を握りました。
「いいんですよ。この時間では買いに来るお客様はありません。残り物になってしまうのです。
あなた達に喜んでもらえたら私は嬉しいのです。ちょっとの事で小さな幸せを感じてもらえるなら私もパティシエールとして大きくなる事が出来るし」
「素晴らしいパティシエールさんだ優しくて努力を惜しまない。そしてみんなの事が好き、そんな素敵なお菓子屋さんだったらきっとうまくいきますよ」
パトリシアは嬉しそうに
「そうなると本当に良いわね。励ましてくださってありがとう」
サルはお礼をいうと店を出て行きました。パトリシアは、何故か幸せな気分になっていました。いつまでも窓の外を眺めていました。
水曜日は、お店が休み。店の中を掃除しショーウィンドウも床もピッカピカになりました。
「ふう疲れた」
パトリシアはソファーにもたれかかるとテーブルの上が殺風景な事に気がつきました。
『そうだ、近くの谷に白い花が咲いているから、あれを摘んできて飾ろう』
パトリシアは思い立つと、バスケットを持ち店をでました。
ブドウ畑を抜け白い花、マトリカリア,フィーバーフューが咲いている谷につきました。
空をあおぐと雲の切れ間から太陽の光が差し、谷からはサラサラと清流が流れる音が聞こえてきます。
パトリシアが白い花を摘んでいると近くに木で作られた丸いテーブルが並んでいるのに気がつきました。
まわりには大小の椅子が沢山並んでいます。
「まあ、大きなテーブルに小さな椅子が沢山」
パトリシアは谷からの風が舞う中、木彫りのテーブルと椅子をしばらく見つめていました。
『ここで何をするのかしら?』
不思議に思いながらもマトリカリアの花をつんで家に帰りました。
木曜日の夜、閉店間際にキツネのお母さんが入って来ました。
「ここにくれば、お菓子を安く売ってくれると聞きました。病気の息子に、おいしいケーキを食べさせてあげたいのですが」
パトリシアがウィンドウを見るとフルーツタルトが残っていました。
パトリシアは全部袋に詰めるとニコニコしながらキツネのお母さんに渡しました。
「はい。今日はおまけをしておきます」
キツネはうれしそうに
「ここに来ればお菓子が頂けるという噂は本当だったんですね。息子が元気になったら、お礼に伺います」
そう言いながらお金を渡そうとしました。
「ありがとう。今日のお代金はいらないです。そのお金は病気の息子さんの為に使ってあげて下さい。
そして、いつか元気になった息子さんの顔を見せてくださいね」
キツネは深く頭を下げると店を出て行きました。パトリシアは、
「私のお店はお菓子をもらえるという噂になっているのか。優しい思いはみんなに伝わっていくモノなのね」
金曜日、薄暗くなってきた森の中、木の上からリスが降りてきました。リス達は慌てて店の中に入ってきました。
「天敵に命を狙われています。ここにくれば助けてくださると聞きました」
「まあ、それは、大変?来てくれてうれしいです。この店でゆっくりしていってくださいね」
そう言って天敵が入れないように店の入り口を閉めました。リスの息子が、
「父さん、天敵に食べ物とられちゃったね」
「命が助かっただけマシだ。でも腹が減ったなあ」
それを聴いたパトリシアがウィンドウを見るとエクレアが残っていました。
「エクレアが残っています。お口にあうかどうかわかりませんが、よろしければ食べていって下さい」
「本当にいいのですか?」
「もちろんです。私は、皆さんの笑顔を見るのが大好きなんです。
お菓子職人としてこんなに嬉しい事はありません。ゆっくり食べていってくださいね」
「貴方は素晴らしいパティシエールさんだ。お名前を教えてください」
「私はパトリシア。みんなに喜んでもらう事が仕事です」
パトリシアは笑顔でリスたちにエクレアを渡しました。お腹が空いていたリス達はおいしそうに食べました。
「おなかがいっぱいになった。本当にありがとうございます」
「私の腕はまだまだ未熟者ですが、もしよろしかったら、また店にいらしてくださいね」
「ありがとう。貴方のように一生懸命頑張っている方ならきっと素晴らしいお菓子屋さんになれると思います。
いつかまた、お会いしたいです」
リス達は天敵がいないのを確かめると外へ出て行きました。
『神様、どうか、リスの家族を守ってあげてください』
夜空を見上げながら祈りを捧げました。
土曜日の朝、パトリシアが開店の準備に追われているとネズミ達が店の中へ入ってきました。
その中には月曜日に来店したネズミがいました。ネズミは、
「今日は森のパーティーがあります。月曜日にいただいたケーキが大変おいしくてまた注文に伺いました」
パトリシアがネズミの顔を見ると、
「あら、貴方は?月曜日にいらっしゃった、ネズミさんですね」
「はい、ネズミのピーターです。月曜日に食べたケーキが大変おいしくて又、注文に来ました」
パトリシアは嬉しそうに、
「わかりました。喜んで頂けるよう頑張ります。ご注文は何にいたしましょう?」
「月曜日に食べたケーキの大きなものを3つほど」
「わかりました。大きいブルーベリーのレアチーズケーキですね」
注文が終わると動物たちは出て行きました。カチコチカチコチ。
誰もいない部屋の中で時計の針を刻む音だけが聞こえてきます。パトリシアはため息をつきました。
『パーティーか、いいな。私は明日、誕生日なのに独りぼっち』
寂しそうにつぶやくと。テーブルの上にはマトリカリアがしおれかけていました。
その日の夜、パーティー用のケーキを取りにネズミやウサギがやってきました。
「まあ、こんなに沢山の方々に来ていただいて」
パトリシアはにっこり笑いました。ネズミのピーターは、
「パトリシアさん、貴方に多くの動物達がお世話になりました。
森の仲間達に貴方の事を話したら、みんな会いたいと言っています。お願いですパーティーに来て頂けないでしょうか?」
「ええ?私を招待して下さるのですか?とってもうれしいです」
思わず顔がほころびました。パトリシアはすぐにおしゃれ着に着替えると動物たちの後について行きました。
パーティー会場は水曜日にやって来たマトリカリアの花が咲き乱れる谷でした。
大きな3つのテーブルに小さな椅子が並んでいます。
『水曜日に見た、テーブルの集まりは動物たちのパーティー会場だったのか』
思わず動物たちを見回しました。
「あのときは助けて頂き、本当にありがとうございました」
パトリシアが振り返ると木曜日に来たキツネのお母さんと幼い子ギツネがいました。
「おかげで、この子は元気になりました。今夜はこの子の誕生会なんです」
そういって元気な息子の顔を見せてくれました。子ギツネは下を向きながら、
「あ、ありがとう」
と恥ずかしそうに言いました。パトリシアは元気な子ギツネの様子をみてうれしそうにほほえみました。そしてポツリと、
「不思議だわ、明日は私の誕生日なの」
それを聴いた動物たちは顔を見合わせて
「じゃあ、今夜は朝までパーティーをしましょう」
動物たちは声を合わせて言いました。
「キツネの坊ちゃんとパトリシアさんの誕生日おめでとう」
パチパチ。会場に拍手が鳴り響き朝までパーティーが続きました。動物達はおいしそうにケーキを食べながら、
「とてもおいしいケーキだ。パトリシアさん、どうして貴方はみんなを元気にする、素晴らしいお菓子を作れるんですか?」
「みんなのことが好きになりたいから。だから私は一生懸命、腕を磨いてお菓子を作っているんです」
「そう、貴方はみんなの事を好きになることも、
そして自分を好きになる事も知っているから素晴らしいお菓子が作れるんですね」
キツネのお母さんはしずかに話を聞きながら
「みんなの事を好きになるって未来を大きく広げる理想の生き方ですよね。
その素敵な思いが私の子供を救ったのかもしれません。あなたはきっと素晴らしい人生を送ることができますよ」
パトリシアは恥ずかしそうに下を向きました。朝になり山の間から太陽が顔を出しパトリシアの足下を照らしはじめました。
ネズミのピーターは笑顔で
「ねえ、みんな、あの白い花の花言葉を知ってる?」
パトリシアは足元に咲く白い花を見つめました。
「あの花の言葉はね(集う喜び)と言われているんだ」
友達を大切にしたパトリシアは(集う喜び)をかみしめながら幸せな誕生日の朝を迎える事ができました。
「努力を怠らずみんなに喜んでもらう生き方。その先には素晴らしい未来が待っているような気がする」
パトリシアの言葉にうなずくように足元のマトリカリアがゆれました。
▲▲▲▲ 2014年4月23日次回に続く ▲▲▲▲