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作品名:優しさのパティシエール
シリーズ:パティシエールシリーズ(第3部)
パトリシアの初恋②
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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パトリシアは、日が長く差した店内で、店先を通り過ぎていく人々を見ながら、
「今日も、何事も無く1日が終わりそう…お客様の来店も減って来たし、そろそろ店を閉めてお掃除でも始めようかな?
今日は晴れていてよかった。でも槇も十分に買えなくて…寒い店内で来店されたお客様にもお気の毒だわ」
ため息をついて、ポツンとつぶやいた時、窓の外を一瞬、4枚の白い翼をつけた小さな何かが横切りました。パトリシアは驚いて背筋を伸ばし…
「あら、今のは何かしら? 白い光のようなものが店を通り過ぎたようだけど…森のお友達じゃなさそうだし」
パトリシアは、店の入り口を見つめていました。
フィレンツェ伯爵の屋敷ではシャルルが自室にこもりテーブルに飾られた花を見つめて、ボンヤリと考え込んでいました。
「あの子がパトリシアさんかな? 色白で可愛かったな。あの子がクッキーやケーキを焼いているのかな? 今度はケーキでも買ってみようかな…」
カチコチ、カチコチ。時計の針を刻む音が響く中、シャルルはため息をつくと
「パトリシアさんの手を握ってみたいな…。でも恥ずかしくて、声もかけられないなんて。どうして僕はこんなに弱虫なんだろう…」
シャルルは悩んで、椅子にもたれ考え込んでいました、その時、窓の外から、
「シャルル様、今、貴方に必要なのは自信と勇気です。自分の出来る事から始めましょう。きっと道は開けますよ」
シャルルはハッと気がつきました。
『アプロディーテーの森で聞いたあの声だ』
声のした窓際に近寄ってみると、外は日が沈み、星が輝き始めていました。
『気のせいかな?』
シャルルは不思議に思いそのまま、窓際に立っていると、暗闇の中、白い雪の様なものが飛んでいくのがみえました。
やがて、その光は消えてしまいました。
『雪は降ってない…今のはなんだろう。最近、なんだかおかしい。周りがざわついているような気がする』
その夜、シャルルはパトリシアの事を考え、いつまでも眠れませんでした。
翌朝、シャルルは窓先に留まった、白鳩の鳴き声で目が覚めました。時計を見ると午前6時半をさしています。
「あの女の子の顔が頭から離れない。ゆっくり眠れなかった」
おもむろに、ベッドから起き上がり、テーブルの上の花をボンヤリ見ているとドアがゆっくりと開き、メイドが入って来ました。
「あら、シャルル様、おはようございます。昨夜はゆっくりお休みになれなかったのですか?」
「う…うん。ちょっと考え事があって…気になる事もあってね」
「気になる事ですか…でもあまり深くお考えにならない方がよいのでは…。
もうすぐ朝食の用意ができますので、少しばかりお待ちください」
メイドは本を整理し、鏡を磨くと出て行きました。
朝食の時間になりました。食堂ではハープの演奏流れています。白いテーブルクロスの上に並べられた朝食を頂きながら父が、
「シャルル、今日はどうしたんだ? 顔色がよくないぞ」
シャルルは悩んでいましたが、
「お父様、実は昨日アプロディーテーの森で不思議な男の子のような声を聞いたんです」
父親は不思議そうな顔で
「周りに誰かいないたんじゃないのか?」
「ううん…僕だけだった」
シャルルはスープを飲み終えると、
「それから、昨日の晩…窓の外に白い羽のついた雪のような生き物が飛んでいくのが見えたんだけど…」
その話を聞いていた、メイドが
「そう言えば、私もここにつとめ初めた頃、白い天使の様なものを見ましたわ」
父はしばらく考え込んでいましたが、
「そうか、シャルルも見たか…実は私も17、8の頃、その生き物を見たんだ。まるで白い羽のついた小さな天使のようだった」
シャルルは黙って聞いています。
「当時、お前の母と結婚するかどうか悩んでいた頃だった。ベッドの横で光の羽のついた小さな生き物がこちらを見ていた。
まるで小さな白い天使のようだった。人間のようで人間ではない…そして、その顔…どこかで見たことのあるような顔だったが、
誰かは思い出せない。その生き物の表情はどこか寂しげだった」
メイドは黙って話を聞いていましたが…
「その小さな天使は、フィレンツェ家のお屋敷に住んでいるかのようですね。伯爵様がお好きなのでしょうか?」
父は考え込んでいます。シャルルは食堂の隅に飾ってある春の女神像が何かを語りかけているような気がしました。
食堂には美しくもどこか悲しげなハープの音色が流れ続けていました。
日曜日の昼さがり、シャルルは再び“ディーフェント イツ フィーユ”に行くためアプロデーテーの森の中を歩いていました。
この間、聞こえた不思議な声を思い浮かべて
『今の僕に必要なのは、自信と勇気か。今、僕が出来る事って、何かな…』
しばらくすると、お店が見えてきました。シャルルは、ゆっくりとした足取りで店先に近づきました。
シャルルはパトリシアの顔を思い浮かべると、ドキドキして、
「ちょっと緊張するな…」
店の前で入ろうかどうかためらってしまいました。すると後ろから誰かがポンとシャルルの背中を押したのです。
シャルルはびっくりして思わず店の扉を押して店内に入ってしました。カランカラーン、玄関の呼び鈴が鳴りました。
店の中ではパトリシアが一人考え事をしていました。パトリシアは下を向き、
「愛の女神様は本当にいるのかな? 私はどうやったら幸せになれるのだろう」
そうつぶやいた時、急に店内にシャルルの姿が見えたのでパトリシアは驚き
「あ…スミマセン。お客様、いらっしゃいませ」
笑顔で挨拶しました。シャルルはパトリシアに声をかけられ、何も言わずに下を向いたまま黙ってしいました。
パトリシアはレジから出て近づき、
「お客様、どうしましたか? お体の具合が悪いのですか? 顔が赤いですよ」
シャルルは何か話さなければと思うのですが言葉が出ません。パトリシアがシャルルの様子に困惑していると、カランカラーン。
呼び鈴がなり鼠のピーターが店に入ってきました。ピーターは驚いたように、
「あ、シャルル様だ。またお会いできて嬉しいです」
ピョンピョンと跳ね、シャルルに近づきます。パトリシアは驚き
「あら? ピーターさん、この方とお知り合いなんですか?」
「ええ…森の先にあるロワーレの町を治めるフィレンツェ伯爵様の豪邸がみえるでしょ?」
「確か、湖の上に建つ大きな石作りのお屋敷ですね」
ピーターはうなずくと嬉しそうに、
「この方は、フィレンツェ伯爵の御曹司でシャルル様という方です。
僕は探検がすきだから町中を歩いていると庭に迷い込んで…その時、親切に迷子になった僕を森まで帰してくれたんです」
パトリシアは驚いてシャルルを見つめると、
「まあ、素敵なお客様。まさか、こんな小さなお店においで頂けるなんて…ちょっと嬉しいです」
それから心配そうに
「大丈夫ですか? 少しお休みになりますか?」
パトリシアの両手に触れるとシャルルは少しドキドキしました。シャルルはうつむいて
『どうしよう。好きな子の前だと恥ずかしくて何もいえない…手があつい』
パトリシアはシャルルの手を引き店の奥へ案内しました。ピーターは嬉しそうに2人をじっと見つめていました。
店の奥の椅子にシャルルを案内すると、パトリシアは
「シャルル様ですね。お口に合うかどうか、わかりませんが暖かいティーと、おしぼりをお持ちします」
シャルルはおしぼりを受け取りゆっくりと紅茶を飲みました。
「どう、少し落ち着きましたか?」
「う…うん。ありがとうございます」
シャルルは下を向いたまま答えます。その様子を店の窓からこっそり覗く光輝く雪のような妖精がいました。妖精は、
「パトリシアさん…ありがとう。シャルル様を元気づけて下さい」
寂しそうにつぶやくと消えてしまいした。顔色も良くなり、落ち着いてきたシャルルを見にパトリシアは
「シャルル様。良しければケーキを食べられますか?」
「う…うん。ありがとう」
何とか答えるシャルル。ケーキを持って来たパトリシアは、
「こんな小さな店に何故、シャルル様のような方がご来店されたのですか?」
シャルルは、ようやく顔を上げると
「以前、僕の専属のメイドがこの店で…ケーキを…買って来て、それを食べたんです。そのケーキが…とても美味しくて…」
パトリシアは嬉しそうに、
「ありがとうございます。シャルル様のような方に食べて頂けるなんて本当に嬉しいです」
紅茶を飲み終え、シャルルもやっと落ち着いてきました。
「ケーキ、美味しかったです。パトリシアさん、あの…」
「は、はい、シャルル様、なんでしょう?」
シャルルは勇気を出して
「あの、パトリシアさん。今度、僕の屋敷で一緒にケーキを食べませんか?
もし屋敷でケーキを作ってもらえるなら材料はこちらで用意します。よければ、僕の屋敷に来て下さい」
パトリシアは、
『こんな貧しい私に声をかけて下さるなんて…それがフィレンツェ伯爵様の御曹司の方だなんて』
パトリシアは目を輝かせて
「シャルル様のお屋敷に入れて頂けるなんて…わたしなんかで本当に良いのでしょうか?」
シャルルは、しどろもどろで
「もちろんです、時々でいいですから、僕の屋敷に来てケーキを作ってくれると嬉しいです」
『私を必要としてくれる人がいた、本当に嬉しい。神様、素敵な出会いをありがとうございます』
パトリシアは目を輝かせてシャルルの手を握りました。店先からピーターが嬉しそうに背伸びをして2人の様子を見ていました。
▲▲▲▲ 2014年5月7日 次回に続く ▲▲▲▲