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作品名:優しさのパティシエール
シリーズ:パティシエールシリーズ(最終部)
パトリシアの初恋③
原作:清原 登志雄
校正:橘 はやと / 橘 かおる
イラスト:姫嶋 さくら
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数日後、小雨が降るなか大きな木の下でピーターは休んでいました。
「今日は雨か…」
木の葉に当たる、パラパラとした雨音を聞きながら、シャルルとパトリシアの事を考えていました。
「シャルル様とパトリシアさんか…2人ともお似合いだ。何だか心が温かくなりそう。
鼠の僕には何もできないや。2人とも幸せになれると良いな。この前は町で迷子になっちゃったし」
独り言を言いながら、ぼんやり外を見つめていました。その時、雲の切れ目から太陽の光が射してきました。
そしてそこから羽の生えた小さな天使のような生き物が降りてきました。ピーターは驚き
「何だろう、今のは?」
雪のような天使は地上まで降りてきました。そして、ピーターの前まで来ると、訊ねました。
「この辺りだったはずなんだけどな…君、パトリシアさんのお店を知らないかい?」
ピーターは驚きながら…
「き…君は一体だれなんだ? 森であまり見かけない顔だけど」
「僕かい? 僕の名前はホーリィーホワイト」
雨は止み、春のような風が吹き抜けていきました。
“ディーフェント イッツ フィーユ”今日は午後からお休みです。パトリシアは、シャルルのお屋敷に行くため、おしゃれ着を探していました。
しばらくすると、ため息をつき
「はあ~。シャルル様のお屋敷に着て行けるようなお洋服がない。どうしよう…」
その時、カランカラーン。玄関の開く音がしました。店先に出て行くと、ピーターがいます。パトリシアは申し訳なさそうに
「ピーターさん、今日は午後から閉店にするつもりなの。シャルル様のお屋敷に、お茶会に呼ばれているの」
ピーターはパトリシアを見ると、言いにくそうに聞きました。
「パトリシアさん、聞いてもいい? シャルル様のお屋敷へ着ていくような洋服はあるの?」
パトリシアはため息をつくと
「それが、あまり、良いお洋服が無くて…」
ピーターは頷き、
「そうか、やはり光の妖精さんの言った通りだ」
「え? 光の妖精さん?」
「そう、この森に住んでいるのかな…ホーリィーホワイトという妖精さんがパトリシアさんとシャルル様を心配していましたよ。
シャルル様の屋敷にも時々、様子を見に出かけるらしいのですが…」
「すごい、そんな素敵な妖精さんがいらっしゃるのね」
ピーターはパトリシアを見つめていましたが、
「ホーリィーホワイトはこの森の奥にある滝に良く来るらしいよ」
「凄い…そんな妖精さんに私も会ってみたいな…」
ピーターはパトリシアを見ながら、
「シャルル様のお屋敷に行くのに良い服が見つからないのか…ちょっとホーリィーホワイトに聞いてみよう」
急いで、ピーターは店を出て行きました。外は雨が止み、小鳥のさえずる声が聞こえていました。
ザー。苔むした岩肌から水が流れ落ちる様子をピーターは見つめていました。ピーターは耳を澄ませていましたが、
「ホーリィーホワイトさん、今日は来ていないのかな?」
すると滝の方から白い小さな天使が見えました。ピーターは喜んで
「あ…ホーリィーホワイトさん、ちょっとお話があるのですが…」
ホーリィーホワイトはピーターに近寄ると、いつもの軽やかな声で
「どうしたの? 何かあったのかい?」
ピーターはパトリシアがシャルルの屋敷に招かれているが着ていく洋服が無いと悩んでいる事を伝えました。ホーリィーホワイトは
「それは、嬉しい事だけど、こまったな。シャルル様の屋敷に着ていくような服が無いのか」
2人が考え込んでいると、突然、滝壺が金色に光り花輪をかぶった女神が現れました。
ピーターが驚きあっけにとられていると、ホーリィーホワイトはピーターに向かって
「この方は春の女神、アプロディーテー様です」
アプロディーテーは2人の様子を見ていましたが、
「聖なる光の妖精、ホーリィーホワイトよ。二人をどうやって結びつけたらよいか悩んでいるのですね?」
ホーリィーホワイトは頭を下げると、
「そうなんです。あなた様の言うとおり、フィレンツェ伯爵様の守り神として…僕は隠れ住んでいます。
だけど僕はフィレンツェ家がどうやったら更に発展するのか悩んでいます」
アプロディーテーは2人に近づくとホーリィーホワイトを見つめて
「そうでしょう、貴方も人間だった頃はフィレンツェ伯爵様と大変仲が良かったですからね」
ホーリィーホワイトは頷き
「そうなんです。そればかりかフィレンツェ伯爵様のお父様も立派な方で僕をとても大切にして下さいました…
貧しい人々にも人気のあるお優しい方でした。今の僕には何が出来るのでしょう? パトリシアは僕が愛していた恋人によく似ているんです」
「そう言えばホーリィーホワイトにも恋人がいましたね…でも結核で亡くなってしまった…」
「そうなんです、そして僕も彼女と同じ病気で、この世を去った。でも今のフィレンツェ伯爵様は最後まで僕の面倒をみてくれました、
フィレンツェ伯爵のお父様も。だからこそ今度は、僕が何かお役に立ちたいのです。
僕は正直な努力を重ねる人にこそ、幸せと真実を掴んで欲しいと思っています」
アプロディーテーは静かに言いました。
「わかりました…もうすぐ、森の上に虹が出ます。その虹で折ったリボンをパトリシアに渡してあげなさい。
それはこの世でたった一つのリボンです」
アプロディーテーは魔法のハサミをホーリィーホワイトに渡しました。
「いいですか、これは真実のハサミです。このハサミで虹を切り取る事ができます」
「はい、ありがとうございます。必ず、虹のリボンをパトリシアさんに届けます」
雨は止み森の上に虹が架かり始めました。
パトリシアは店の奥で、
「う~ん。この洋服で行くしかないか。シャルル様のお屋敷に入れてもらえるといいんだけど」
その時です。コンコン。お店の扉を叩く音がしたのでパトリシアは急いで店先に出ました。
「お客様、すみません。今日は午後から休店です…あら?」
窓の外には白い小さな天使がこちらを見つめています。小さな天使は、店のドアの前で宙を飛び回っています。
パトリシアは驚き思わず見とれていましたが
『なんだか、素敵な方が見えられた、ドアを開けてみよう』
店のドアを開けると白い天使が入って来ました。白い天使は
「パトリシアさんですね」
「は、はい、そうです」
「自分は聖なる光、ホーリィーホワイトと言います。鼠のピーターさんから聞きました。
パトリシアさんがシャルル様のお屋敷へ午後から出かけると…」
パトリシアは訳がわからずポカンとしていましたが、
「そ、そうなんです。こんな私を伯爵様が招待して下さったのです」
「この森に住む春の女神、アプロディーテー様が貴方にコレを渡すように言われたので持って参りました」
そして差し出されたのは7色に光る、半透明のリボンでした。パトリシアは今まで見たことのないようなリボンの美しさに見とれていました。
「まあ、なんて素敵なリボン」
ホーリィーホワイトは頷き
「アプロディーテー様が貴方にこのリボンを付けてシャルル様の屋敷に行くようにとおっしゃっていました」
パトリシアは嬉しそうに
「まあ、ありがとうございます。シャルル様のお屋敷にこんな素敵な髪飾りをつけて出かける事が出来るなんて…」
そして虹のリボンを受け取り髪に結びました。パトリシアはホーリィーホワイトにお礼を言うと、ケーキを箱に詰め店を出て行きました。
ホーリィーホワイトは嬉しそうに出かけていくパトリシアを見つめて、
「パトリシアさん、自分の恋人とそっくりだ」
呟くと、ホーリィーホワイトは静かに天へと昇って行きました。
パトリシアはケーキの入った箱を大切にもちドキドキしながら屋敷に向かって歩いて行きました。
「今日は素敵な妖精さんにリボンもらっちゃった。今日のお茶会は、上手くいきますように」
森を抜け後ろを振り返ると、虹が出ています。パトリシアは鏡のように澄んだ湖の沿った道を歩いて行きます。
その後、石で出来た橋を渡り、装飾された鉄の門の前までやってきました。衛兵が気づいて、
「お嬢ちゃん、ここはフィレンツェ伯爵様のお屋敷だよ」
パトリシアは恥ずかしそうに首を少しすくめて、
「あ…あの、今日はシャルル様にお招きをいただのですが」
「シャルル様ですか? 今日は屋敷で休んでおられる時間ですが…」
その時、立派な白い扉が開き、シャルルが庭から歩いてくる姿が見えました。
「あ…シャルル様」
シャルルはパトリシアに近づくと、
「パトリシアさん、お待ちしていました」
シャルルはパトリシアを庭へ案内しました。
屋敷に入ってしばらくすると、パトリシアとシャルルは紅茶を飲みながら楽しそうにおしゃべりをしています。
シャルルはパトリシアのリボンを見て
「そのリボン、7色に光輝いているね、本当に素敵だよ」
パトリシアは嬉しそうに、うなずき
「これはね、聖なる光という妖精さんが折ってくれたものなんです」
「聖なる光?」
「ええ、白い天使のような妖精さん。ホーリィーホワイトという方らしいです」
シャルルは驚き
「そう言えば、僕も数日前、窓の外で雪のような空を飛ぶ生き物をみたよ」
「え、シャルル様も見たのですか?」
「僕のお父様も、メイドも以前、見たって…話していました」
2人の楽しい時間はあっと言う間に過ぎていきます。
シャルルとパトリシアがおしゃべりに夢中になっていると、パトリシアのつけていた虹のリボンがだんだんと消えていきます。シャルルが
「パトリシアさんの虹のリボンが消えていく」
「え?」
パトリシアは急いで鏡の前に立ちました。
「そうか…虹で折ったリボンだから消えてしまうのね。せっかくお気に入りの髪飾りだったのに」
少し寂しそうにいいました。シャルルはパトリシアの様子を見て、思い切って聞きました。
「パトリシアさんは…髪飾りが欲しいのですか?」
「ええ…でも私は貧乏だから。アクセサリー類は高くて買う事が出来ないの」
シャルルはうなっていましたが
「ね…ねえ…」
シャルルはドキドキしながら、
「よかったら、僕と一緒に町でアクセサリーを買いませんか? 僕がプレゼントします」
パトリシアは嬉しそうにシャルルを見つめて、
「こんな貧しい私に、そんな事をいってくれたのはシャルル様が初めてです」
2人は紅茶を飲み終えると静かに席を立ちました。
ロワーレの町…夕方、パトリシアとシャルルはアクセサリー屋さんで髪飾りを探していました。
店内には金や宝石の入った髪飾り、クリスタルやサファイヤなどの貴石がならんでいます。
パトリシアとシャルルは楽しそうに店内をまわり、そして櫛と髪飾りを買いました。パトリシアは嬉しそうに
「私、初めてアクセサリーを買ってもらいました」
シャルルは髪飾りをつけるパトリシアを嬉しそうに見つめていました。
2人は涼しい風が吹き始めた、ロワーレの公園のベンチに腰をかけました。パトリシアは、
「今日は私にとって一生、忘れられない日になりそうです。シャルル様ありがとうございます」
目の前の教会が静かに2人を見つめているようでした。
2人の楽しそうな様子を空からホーリィーホワイトとアプロディーテーが見つめていました。ホーリィーホワイトは少し寂しそうに…
「シャルル様、そして僕の恋人にそっくりなパトリシアさん、本当におめでとう」
そう言って空を見上げ、少しさびしそうに、
「さようなら僕の恋人…」
そうつぶやきました。アプロディーテーがホーリィーホワイトに近づき
「ホーリィーホワイトよ、今の気持ちはどうですか?」
ホーリィーホワイトはため息をつき、
「嬉しいけど、ちょっと切ない感じがします」
「どうして? 2人の仲は上手くいったのですよ」
「なんだか、本当に僕の大切な人が遠い世界にいってしまったみたいで…」
アプロディーテーはホーリィーホワイトの手を握り
「悲しみも愛の形の一つです。カップルの恋を実らせる、恩を下さった方の息子さんに恩返しをする。
これは素晴らしい事ですよ、正しい行いを重ねれば、悲しみは自然と消えていくでしょう」
ホーリィーホワイトはシャルルとパトリシアを見つめながら
「アプロディーテー様、愛ってなんですか?」
「自分自身を成長させ、平和を得ることです」
アプロディーテーは公園にいる二人を見つめて…
「愛の力は偉大です。愛の力を知った時、真に魂の平和と自分の生きがいを見出すでしょう」
その時、シャルルとパトリシアがそっと寄り添いました。シャルルはパトリシアを見つめて、
「パトリシアさん、ずっと僕と一緒にいて下さい」
そう言った時、目の前の教会の鐘がなり響きました。その鐘の音は、まるで二人の未来を祝福しているかの様でした。
▲▲▲▲ 2014年5月9日 完結 ▲▲▲▲